6.相棒
剣を手に切りかかってくる男を斬り捨てて、ジャックは一つ息をはいた。
すべてが終わった後、つらい思いをするのはジャックだが、ゆいいつの救いはかろうじて宿までは帰れるところだろうか。いまここで気分が悪くなるということがないのは、かなり助かっている。
大きな強盗団らしく、斬っても斬っても終わらない。それは味方の傭兵たちも同じらしく、疲労の色が濃い。
「みんなもうひとがんばりだ、応援がくるはずだ」
ジャックが言うと、傭兵たちがうなずいた。
「マルターさんは?」
「家族とともにもう避難したぞ」
「そうか」
「ま、いられても戦えるわけでもないから邪魔になる。守らなくていいぶん楽だ」
傭兵が冷たいとも取れることを言う。
だが事実なのでジャックも何も言わなかった。
「ったく、こんな日に狙わなくてもいいってのに」
返り血に赤く染まる自分を見て、ジャックは苦々しく笑った。
ニースと約束したばかりなのに、うそつきと怒られるだろうか。
なんだか、その光景が目に浮かぶ。
「ふふ……」
思わず笑ったジャックに傭兵が怪訝に振り返る。
「ジャック?」
「いや。なんでもない」
傭兵の一人が強盗の剣を弾き飛ばして、にやりと笑う。
「笑ってられるなんて、余裕じゃないか」
「悪い。ちょっと考え事だ」
「考え事ね」
「強盗団が退却を始めてるぞ!」
外の方にいた傭兵が声を上げた。
「どうする?追うか?」
ジャックは考え込んで首を振った。
「いや。後は騎士団に任せよう」
「あんまり手柄を奪うと、向こうも立場がないからな」
「残党だけ片付けよう」
ジャックの言葉にうなずいて、傭兵たちが散っていく。
屋敷の中にまだひそんでいる可能性もあるのだ。ジャックも血にぬれた剣を持ったまま、通路を歩いていく。
部屋の一つで物音がしたので、ジャックはとびらを開け放つ。
引き出しをあさっていた男がジャックに気づいて剣を向けて走ってくる。
「くそっ!」
「遅い!」
ジャックはその場で構えて剣を弾いて返しざまに腹をなぐ。
「ぐあああっ!」
男がうずくまってばたりと倒れる。
ジャックはとめていた息をはきだす。
ばたばたという足音にジャックが振り返る。
「おのれっ!」
「盗賊なら見逃してやらんこともないが、強盗は見逃せん」
ジャックは待ち構えるように剣先を向ける。
血にぬれた手斧を持った男が斧を振りかぶる。
「やあああああっ!!」
「やめてぇっ!」
女の声がしたと振り返る間もなく、男の後頭部をにぶい衝撃が襲った。
こぉぉぉん
なんとも言いがたい軽いような重いような音がひびいた。
どちらにしても、痛そうな音だった。
あまりの出来事に思わずジャックは口をぽかんと開けたまま見守ってしまう。
ゆっくりとスローモーションのように倒れていく男の後ろには、涙を浮かべたニースが立っていた。その手には、抜き身(?)のフライパンがにぎられていた。
「ニース?!」
「うっ……わ、わたくし……」
ニースはジャックのもとへと駆け出したいのをこらえて、とりあえず倒れた男の手から斧をはずす。武器をうばっておいて、男の頭をなでくりまわす。
「ああ、大きなたんこぶができています」
「や、痛そうな音がしてたからな」
死ななかったのはもうけものだろうか。
あるいはニースの細腕で気絶させられた方が奇跡だろうか。
「ごめんなさいね」
「そんなことより、ニース!なんでここにいるんだ?!」
あわれ強盗はそんなことで片づけて、ジャックは剣を持ったままニースに歩み寄る。
ニースは立ち上がってジャックの胸に手を置いた。
「ギルドにいたら、ここのことを聞いて。ジャックさんのことが心配で、いてもたってもいられなくて」
「だからって、ここには強盗たちがいるんだぞ。どこも怪我してないだろうな?」
ジャックはニースの全身を見回す。
とりあえずどこにも怪我はなさそうだった。
「安心しなって、おれたちがついてたんだからさ」
向こうから巨漢とその手下たちが走ってくる。
「いやあ、嬢ちゃんのはええのなんのって。着いたと思ったらものすごいスピードで走って行っちまうから」
目の前まで来た巨漢はすげえかっこうとジャックを上から下まで見回した。
「なんで連れて来たんだ」
下からにらみあげるが、ボブはまったく意に介していない。
「そりゃ嬢ちゃんが望んだからだよ。嬢ちゃんはおまえのことが心配だった。ついでにおれたちもおまえのことが心配だった。意見の一致ってやつだな」
「……ったく、余計なことばかり」
「余計なんかじゃありません!」
ニースはフライパンをにぎりしめて力説する。
「ジャックさんが心配だったんです!これって、余計なことですか?!」
「場合によっちゃな。ニース、おまえな、強盗に襲われたらどうするつもりだったんだ」
「大丈夫です」
「なんで」
「危なくなったらジャックさんを呼びます」
「え……」
ジャックが言葉を失う。
ニースは満足そうににっこり笑う。
「ボブさんたちもいましたから、大丈夫だと思ってました。それよりも、ジャックさんにこれ以上人を斬らないようにしてもらうのが先決だったんです」
「ニース、でもな、これは仕事だから―――」
「わかってます」
ニースは首を振りながらジャックの言葉をさえぎった。
「お仕事なのは、わかっています。だからこそ、わたくしはジャックさんの負担を少しでも軽くしたいと、そう思ったんです」
「むしろ気になって重いんだが」
ニースがこんなところにいては、気が気じゃない。
「だいたい、なんだそれ」
「フライパンです」
ほかに何に見えるのかとでも言いたげに、ニースはすまして答える。
「フライパンだな」
「そうです」
「じゃなくて、なんでそんなものを持ってきてるんだってことだ」
「キッチンに入って目に入った中で戦えそうなものだと思ったので」
ジャックは額に手を当てた。
フライパンで戦うお嬢さん。
そんなの初めて見た。
「ったく、無茶ばかりだ」
「ジャックさんもですね」
ニースは負けないとばかりにジャックを見上げる。
「……口が減らないお嬢さんだ」
「そっちの方がお好きなんでしょう?」
「ジャ〜ック」
ボブが手であおぎながらにやにやと笑う。
複雑な顔でジャックが振り返る。
「なんだ」
「わざわざお嬢さんはここまで走ってきてくれたんだぜ?ほかでもない、おまえのために。しかも、おまえに代わってフライパンで敵まで撃退してくれたんだろ?そんじょそこらのお嬢さんにゃなかなかできないことだぜ」
「…………」
「何も言うこと、ないのかよ」
ニースは期待に満ちた目でジャックを見つめる。
ジャックは困ったような、照れくさいような笑みを浮かべて、くしゃりとニースの頭をなでた。
「ありがとうな。おまえには感謝してる」
本当に、言葉では言い尽くせないくらいに。
いつも弱い自分を支えてくれるから。
ニースの頬がみるみる赤く染まる。
「本当ですか?」
「ああ。戦友、とまではいかないが、頼りにしてる、相棒」
「わたくしと、ジャックさんは、対等ですか?」
震える声で訊ねると、ジャックはニースの頭をなでた。
「当然だ」
ニースは思わず笑みをこぼす。
うれしい。
対等に見てくれている。
聞いてくれないときもあるけど、ちゃんとニースの意見も聞いてくれる。
「けど、ここはやっぱり俺の専門分野だ。ニースは畑ちがいだろ」
「でも!」
「もう強盗は退却してる。後は残党だけだ。すぐ終わる」
「ジャックさん……」
「夕飯、一緒に食うんだろ?先に宿で待ってろよ。ボブ」
「わかった。おまえ、大丈夫なんだな?」
確認するように訊ねるボブに、ジャックはうなずいた。
「当然」
「そうか。じゃ、しょうがねえな」
「頼んだ」
こつんとこぶしをぶつけ合って、ボブの横をジャックはすり抜ける。
「ジャックさん!」
「うん?」
ジャックが立ち止まる。
ニースはいまさらながらさっとフライパンを背中に隠して、にっこり笑った。
「早く帰ってきてくださいね」
「ん、わかった」
ジャックも微笑んで通路を歩いて行く。
ニースはその背が見えなくなるまで見送っていた。
ギルドに戻ってきたジャックを見て、ヒューとボブが振り返る。
「派手にやったね」
ヒューが全身血まみれのジャックを見て、眉をひそめた。
「こんな格好で悪いな」
「う〜ん、そうだね」
血なまぐさい話の嫌いなヒューがわずかに顔をそむけた。
「それで、頼んでいたのはどうなってる?」
「ああ。騎士団の動きね」
ヒューは両手をあげた。
「騎士団の方に大きな動きはないよ」
「ニースを探してるんじゃないのか?」
「騎士団は探していないよ。もう見つけてるから」
ジャックは目を細める。
「見つけてる、か」
「じゃあなぜ手を出してこないんだ?見ようによっちゃ、ジャックは誘拐犯だろ」
「誘拐犯とはひどいな」
「だが、届け出もしなけりゃ、お嬢ちゃんに帰るように説得もしてねぇ。なんで騎士団は手を出してこねぇんだ?」
ボブが訊ねると、ヒューは首を振った。
「どうも領主さまの命令で、とりあえず様子を見ろといわれているみたいだ」
「領主さま?」
ジャックが聞き返す。
「そう。領主さま、エラーナ伯爵閣下だよ。ニースちゃん、この町の領主さまの一人娘みたいだ」
「……そうか」
そんなにすごいお嬢さまだったとは思わなかった。
ジャックはすいっと目を伏せた。
「手は出してこないと思うよ。ニースちゃんに危害がおよばない限り」
「そうか。ならいい」
ジャックがきびすを返す。
「もう帰るの?」
「ああ。今夜は夕食を約束してるんだ」
ジャックはすたすたとギルドを出て行く。
ヒューは耳を疑った。
「夕食……大丈夫なのか?」
不安そうに眉をひそめるヒューを見て、ボブは肩をすくめるにとどまった。
部屋で待っていると、きゅるるとおなかがなった。
「おなかすきました」
ニースはおなかを押さえる。
ベッドの上に座って、足をぷらぷらと揺らしていたニースはころりと横になる。
まだ約束の時間には少し早い。だが、待つだけのときはほんの少しでもとても長く感じられるものだ。
こんこんと、ノックがされる。
「ニースちゃん」
宿の女将の声にニースはあわてて身を起こした。
「はい?」
「ジャックが帰ってきたんだけど」
「え?」
わざわざ姿を見せないのは、また大怪我でもしているんだろうか。
ニースはあわてて立ち上がって戸へ駆け寄った。
「ジャックさんがどうかなさったんですか?!」
勢いよく戸を開け放つと、女将が目を丸くして立っていた。
「いや、ちがうよ」
「え?じゃあ……」
「ジャックのやつがね、せっかくだから外食にしたいんだと。まったく、うちじゃ不満ってか」
女将が不満そうに腕を組んでぼやく。
ニースは両手を振った。
「そ、そんなことはないと思います」
「ありがとう、ニースちゃん。ま、そういうわけだから、せっかくだし、着替えて行かないかい?奮発したいんだとさ」
「え?」
「ここいらで有名な店に予約を入れたんだと。まあ、あたしらでも行けるところだからたかが知れてるけど、味はいい店だから。で、せっかくだし、ジャックのやつも張り切ってるみたいだからめかしこんで行ったらどうだい?」
ニースは胸が高鳴るのを感じる。
いわゆる、デートというやつだろうか。
はっと思い出してニースの顔がくもる。
「そういえば、ジャックさんは大丈夫ですか?」
「なにがだい?」
「あのその、ジャックさん、危険がともなう仕事をした後は……」
今日は部屋の方にまだ戻っていないが、急になくなるものでもないと思う。
あんな状態で、外に出られるんだろうか。
浮かれていた気持ちが急速にしぼんでいく。
「ジャックさんの調子が悪いなら」
女将が腰に手を当てて苦笑した。
「そのジャックが、行きたいって言ってるんだけどね」
「え?」
「息切らせて走って帰ってくるから何事かと思ったよ。そうしたら開口一番に、風呂!だからね。ったく、人の気も知らないで」
ニースは両手で口を押さえてぱあっと頬を染める。
息を切らせて走って帰ってきてくれた。
それも、ニースとの約束の夕食のために、外に店を予約してまで。
女将がはっと目をみはって、ニースの頭をやさしくなでた。
「泣くんじゃないよ」
「うっ、うれしくて……」
「そういいものがあるわけじゃないけど、服を見繕ってやるから、精一杯着飾ってあいつをびっくりさせてやるんだね」
「は、はいぃ」
うれしさをかみ締めて、ニースは決意を固める。
ジャックに、話しておかなくては。
今までのことを。
そして、これからのことを。
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