9.

 

 魔族からまっすぐに光の束が押し寄せる。

 あたしは後ろからアッシュを抱きすくめて、ペンダントをにぎるが、間に合いそうになかった。

 ただ目を閉じるのはしゃくだったから、あたしは目を見開いていた。

 ばちっという音がして、なにかにぶつかって光が消えていく。

 いったいどうなったの?

 ほんのりと血のにおいがして、ピチャンと水音がした。

 手のひらを切ったアッシュが、その手のひらを前にかざしている。アッシュの前に半透明な光の壁があって、それがあたしたちを守っていた。

「聖者の血……そういえば、あのいまいましい天聖の聖女の息子だったっけ」

 魔族がちっと舌うちをする。

 だが気を取り直したのか、ふんと鼻で笑った。

「たった一回防げたからって、いい気になんないでよね?二回目は防げるかしら?」

 にやりと笑う魔族にアッシュがくちびるをかんだ。

 今のは、アッシュがやったのよね。

 天聖の聖女―――それはアッシュのお母さんのことだわ。

 すばらしいまでの聖術の才能を持っていたという女性―――それも歴史にもまれにみるほどの。

 だからこそ、魔族に狙われて、人々を守るために力を使い果たして亡くなったと。

 そういう人の息子なのだから、アッシュが聖術を使えてもおかしくはない。でも、天聖の聖女が亡くなったのは、アッシュが4、5歳のときの話よ。そうとう昔なのに、アッシュがお母さんから聖術を習っていたとは思えないんだけどな。

「アメル……」

 ぼそっとアッシュがあたしを呼ぶ。

「なに?」

「ぼくがなんとか気を引くから、アメルは急いでここを離れるんだ」

「なに言ってるの?」

「父さんと、そして母さんとの約束、守るんだ」

 アッシュは真剣な表情で短剣を見つめる。

 バートさんとの約束って、あたしを守ってあげてっていうあれ?

 あたしは言葉を失う。

 さっきまで震えていた、ふつうの男の子だった。ううん、いまだって、かすかに震えているのに。

 アッシュも怖いのに。

 それなのに、あたしを守ろうとしてくれている。

 ねえ、アメル。

 あなた、ここになにしに来たの?

 このままじゃ、来た意味、なくなっちゃうよ?

 ママの言ったとおり、なにもできないままになっちゃうよ。

 そうさせないために、来たんでしょう?

 アッシュだって、がんばってくれたのよ?

 お姉さんのあなたががんばんなくってどうするの。

「あたしに勇気を」

 あたしは小声でつぶやく。

 どんなに苦しくても、どんなに怖くても、立ち向かえるだけの勇気を。

 怖くていいのよ。危機回避のための正常な反応だわ。

 それを克服して、立ち向かえればいい。

 今こそ、立ち上がらなければならないときなのよ。

 あたしはアッシュの肩に手を置いた。

「アメル?」

 アッシュがあたしを振り返る。

「ありがとう、アッシュ。今度はあたしの番だわ」

「なに言ってるの?」

 アッシュがきれいな蒼い瞳を丸くする。

「そうよ、なに言ってるのよ。なんにもできない人間の分際で!まぐれで防いだくらいで偉そうにしないでよ!次は防げないわ!」

 魔族の少女が金切り声を上げる。

 彼女もそうとう頭にきてるのね。

 でも、あたしだってキテるわ。

「安心して、アッシュ。あたしだって、やるときにはやるのよ」

「アメル……」

「あなたが守ってくれたように、あたしもあなたを守ってみせるわ。二人で待ってないと、バートさん、困っちゃうわ」

 アッシュが口を開きかけて閉じ、こくりとうなずいた。

 生きてなくちゃ、意味がないわ。

 あたしはアッシュの前に立って、

「次なんてないわよ。もう撃たせないわ」

 あたしは服の上からペンダントをにぎりしめる。

 シュラ、あたしに力を貸して。

 なにも失わなくていいように。

「ガーディアン・プログラム起動!お仕事よ、シュラ」

 あたしのにぎりしめているペンダントからぱあっと光が放たれて、あたしの頭上に巨大な炎の鳥が現れる。

 あたしの自慢のシュラ。

 ママが作った特別なガーディアン。

 細くて長い優美な首の先には小さめの頭がのっていて、燃え盛るルビーの瞳がきらめいている。

 尾は九つに分かれていて、尾の先にはきれいな文様がついている。

 あたしの優雅なガーディアンはその身に焔をまとって宙を舞う。

 あたしの上で高く鳴いて、シュラはルビーで魔族をにらみつける。

「な……なんなの」

 魔族があっけにとられたようにつぶやく。

 アッシュも目と口をぽかんとあけてシュラを見上げている。

 この子を呼ぶのが、ずっと怖かった。

 この子がだれかを傷つけるのを見たくなくて、だれかがこの子に傷つけられるのを見たくなかった。

 幸運にも、この子は起動実験以来呼ばれることがなかった。あたしはそれがいいことなんだと思っていた。この子はガーディアンだから、設定された持ち主を無条件で守る。この子が出てくるときはあたしが危険なときなんだけど、出てきたらあたしのためにこの子は戦わなくちゃならない。

 この子はプログラムだから感情があるわけじゃないけど、でも、いやだったの。

 けど、もうそんなこと言わない。

 あたしも、あなたに責任を持つわ。

「二人で戦いましょう、シュラ」

 あたしに応えるように、シュラが高く鳴いた。

「ふ、ふん!なによ、なにができるってのよ」

「悪いけど、あたしもアッシュもここで死ぬわけにはいかないの。シュラ!」

 あたしは金髪の魔族の少女をびしりと指差した。

「やっつけて」

 ばさりとつばさを揺らして、シュラが炎をはく。

 少女は炎から逃げるようにあたしたちから距離を取った。

「魔術?!いや、人間なんかが使えるはずない」

 魔族が光弾みたいなので攻撃してくる。

 ビームを丸くして、それを撃ってきたみたいな攻撃ね。

 なるほど、古代の魔族ってのはこういう攻撃が可能なわけか。未来にはほとんど残っていない力ね。科学に似てるけど、でも完璧に自然の法則を無視した技だわ。そりゃ科学者たちが怖がるはずね。

 でも、そんなちゃちな攻撃、シュラには効かないわ。

 あたしがなにを言うまでもなく、シュラはばさりとつばさを震わせてばさばさと羽ばたく。

 あ、でも風で跳ね返そうとかじゃないんだよ。

 シュラの前に難しい科学式みたいなのが円になって現れる。

 それが魔族の撃ってきた光弾を防ぎ、四散させる。

 悪いわね。シュラは対魔族用プログラムもあるのよ。魔族の魔術の解明だって、未来じゃかなり進んでるんだから。

「負けない」

 もう、逃げない。

 なんのためにこうしてここへ来たのか、思い出したから。

 背後で息をのみながら、澄んだ瞳でシュラを見つめているアッシュ。

 あたしは、この子を救うために来た。

 そのためには、とにかくこの魔族を追っ払わなくては。

「帰るって言うなら、見逃してあげるわ」

「なにをバカなことを!このアタシが人間相手に逃げ帰るなんてありえないわ!」

「そ。じゃ、しかたないわね。シュラ、Cクラス武装解除よ。とにかく、あいつを追っ払って!」

 シュラが高く応えると、シュラの周りに四つの火の玉が浮かび上がる。

「なんなの……」

 魔族が警戒するようにシュラから離れる。

 シュラがものすごい勢いで魔族に迫る。

 魔族がシュラから距離を取ろうとするけど、そこへシュラを取り巻く二つの火が魔族を逃げられないよう追いやる。

 顔をあげた魔族の前には、つばさをきれいに広げたシュラの姿がある。

 あせった顔をしたのも一瞬、魔族はすっと手の中に光の弾を作り出す。

「人間の分際でうっとうしいのよ!」

 魔族の光の弾がシュラに迫る。

 シュラは光の弾が当たる前に光の粒子になって、ぱっと霧のように空気中に散る。

「あっ!」

 アッシュがあせった声をあげる。

 シュラがやられちゃったと思ったのね。

 でも、まだよ。

 光の弾がすり抜けて遠くへ行ってしまってから、ふたたび光の粒子が集まってシュラを形作る。

「な……」

 魔族がわけがわからないというように首を振った。

 わからないでしょ?

 これが未来の科学力なの。

 シュラは自分で自分を分解・再構築できるのよ。

「シュラ!炎の矢!」

 シュラの周りに矢の形をした炎がいくつも浮かび上がる。

 Cクラス武装、炎の矢。

 十数本の矢で対象の身動きを取れなくする。その際、拘束具も飛び出して、相手を拘束する。それで、そのまま警察へ御用、ってわけ。

 まあ、犯罪者でも危ないヤツでも、やり返して殺すわけにもいかないしね。過剰防衛になっちゃうから。

 シュラの火の矢が魔族にせまる。

 魔族の立っていた木の下に向かって、火の矢が降り注ぐ。

 爆炎があがった。

 

          

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