8.

 

 あたしとアッシュはしんと静まり返った村を走り抜けていた。

 村にはほとんど人気がしない。

 あたしがもたもたしているうちに、もう村人は避難してしまったのかな。

「静かね」

「父さんはだいたいいつも最後に来るから。露払いに出てくる下級の魔族たちを倒してから帰ってくるから、ぼくはいつもは地下の隠し部屋のほうに隠れるんだ」

「そうなんだ」

「それが、丘に避難しろって言うんだから、今回はそうとう厳しいんだと思う」

 アッシュの顔がくしゃりとゆがむ。

 本当なら、こんな目に会うこともなかったのかもしれない。

 過去を変えようとする者たちのせいで、こんなことになってしまったのかもしれない。

 いや、でもあたしが悪く考えすぎなだけなのかもしれないわ。

 あたしは未来から来た魔族のせいでこれが起きているって思い込んでいた。でももしかしたら歴史書にはわざわざ書かれていなかったけど、村が襲われるということが起こったのかもしれない。

 あたしは首を振った。

 いや、楽観的に見るのも危ないかも。

 やっぱり未来の魔族がからんでいて、これが起こったのだとしたら、通常じゃあ出てきそうにもないかなり高位の魔族がこの田舎くんだりまで出てくる可能性だって捨てきれない。

 そうだとして、あたしは太刀打ちできるのか。

「アメル?」

 アッシュがチラリと振り返りながら首をかしげる。

「あ、ごめん」

「だいじょうぶ、父さんは強いんだから。今までだってどんな魔族も倒してきたんだ、今度もだいじょうぶだよ」

 アッシュはあたしを元気付けようとしてくれているのか、青い顔ながらも笑ってみせる。 情けないね、あたし。

 アッシュに気を遣わせちゃうなんて。

 あたしもともすれば憂うつになりそうな気分を払拭して、笑顔を見せた。

「わかってるって。すんごい剣豪なんでしょ?」

「うん。父さんは最強の剣士だ。だから、負けない」

 それは自分にも言い聞かせているように聞こえた。

 でも、信じないと、なにも変えられないよね。

 未来を救った勇者さまだって、人間だもの。きっと怖かったはずよ。それでも、魔王を倒せると信じて仲間と戦ったんだわ。

 あたしがこんなところでくじけるわけにはいかない。

 この子が、いずれ世界を救うのよ。

 守ってみせるわ。


 


 


 

 息せき切らしてあたしとアッシュは丘をのぼっていた。

 丘から見ると、村が小さく見える。その向こうで、土煙やら炎があがる草原が見え、剣戟の音が聞こえる。

 あそこで、バートさんたちも戦っている。

 丘の上では、村の人たちが恐怖と戦っている。

 みんな、なにかと戦ってるんだわ。

「アメル、もう少しで避難場所になってるところだよ。みんながきっといるよ」

 丘の上、かすかに大きな木の梢が見える。

 そこまで行ければ、とりあえず安心できるわ。

 村で戦える人がいるという話だったから、そこまで無事にたどり着ければ、どうにかなるわ。それで、バートさんが迎えに来るのを待っていればいい。

 あたしたちはもう少しという言葉にはげまされて走っていた。

 けれど、思わずあたしとアッシュは足を止めた。

「っ!!」

 あたしは思わず息をのむ。

 丘の上、大きな木の下には、たくさんの人たちが倒れていた。

 おじいさん、おばあさん、おばさん、おじさん、小さな男の子や女の子、村で戦えない人たちが折り重なるようにして倒れていた。

 折れた剣や矢が地面に突き刺さり、斧が転がっていた。

「これは……」

「どうして……」

 アッシュとあたしが絶句する。

 人々は倒れているだけ。血も流れていないから、当然鉄さびのようなあの生臭いにおいもしない。

 でもみんなしてのんきに眠っているだけ、というふうには見えない。だって、いくらなんでも目を見開いて眠ったりしない、よね。こんなの、尋常じゃないもん。

「あら、やっと来たの?」

 ぱっと顔をあげると、アッシュと変わらないくらいの女の子が木の下に立っていた。

 オレンジ色のワンピース姿の愛らしい少女だ―――ただ、目が赤くなければの話だけど。

「魔族!」

 アッシュが女の子の魔族を見て、目を見開いた。

 金髪の魔族はあたしとアッシュを交互にながめて、アッシュに目を留める。

「銀色の髪、アンタがあいつらの言ってた銀の勇者ね。ふうん、ホントにいたんだ」

 魔族はわずかに首をかたむける。

 魔族でも、勇者についての知識があるのかと思って、あたしは思い直す。

 よくよく考えれば、手に入れようと思えばどこでも手に入れられる情報だわ。ネットでも、図書館でも。

 ちっ、そんなもんどこからでもアクセスできるようにしてるんじゃないわよ。

 まあ、まさか過去にさかのぼれるなんて思っちゃいなかったんでしょうから、責めることもできないわね。

「魔王様に取り入ろうとしてる奴のガセだと思ってたけど、そうじゃなかったんだ」

「あんた、なんなのよ」

「アタシ?アタシはアデルレートよ。ま、覚えてもしょうがないけど?」

 アッシュの手があたしの服のすそをにぎりしめる。

 あたしはチラリとアッシュに視線を落とした。

「知ってるの?」

「名前だけね。魔王の腹心の一人だよ。魂喰いのアデルって呼ばれてる。かなり高位の魔族だよ」

「魂喰い……」

 つまり、ここにいた人たち、みんな魂を食べられちゃったってこと?

 そんな非現実的な力を持った魔族がいるなんて。

 ママが古代の魔族は今とは比べ物にならないって言ってたの、ほんとだったんだ。

「あら、あたしってば有名ね。こーんな田舎にわざわざあたしたちが出向くなんてって思ってたけど、あたりだったってワケだ」

 ラッキーとよろこんでる。

 あたしはアンラッキーよ。

 やっぱりこの強襲、例の強奪魔族たちが仕向けたのね。

 あたしは胸元のペンダントをにぎりしめた。

「たち?たちってどういうことだ?!」 

 アッシュが魔族の言葉を聞き返す。

「そのままの意味よ。もう一人来てるの。こんな田舎に高位魔族が二体もって思ったけど、ちょうどよかったわ。あいつがあのうっとうしい剣士を相手してくれるもの」

「父さん!!」

 アッシュが真っ青になる。

 いくらバートさんが強いといっても、人間の強さがこの時代の魔族にどこまで太刀打ちできるのかしら。

 ううん、ダメよ。マイナス思考はダメ!

 あたしはここでは死ねないわ。

 生まれる前の時代で死んじゃってることになっちゃうもの。

 それに、アッシュをなんとしても助けないと、人間の未来がないわ。

 もしかしたら、もしもアッシュがいなかったとしても、だれか他の人が立ち上がって魔王を倒すのかもしれない。

 でも、歴史上、倒すのはアッシュなの。

 事実として、魔王を倒すのはアッシュなのよ。

 だから、こんなところで死なせられない。

 あとは、どうやってこの場を切り抜けるかよ。

 魂喰いっていっても、いきなり人間からすぽんと魂が抜けるなんてこと、ないよね?

 そんな相手じゃ、太刀打ちなんてできないもん。

 相手にもその技を使うためにはなんらかの制限があるはず。

 あたしはそれを見つけて、そこをたたかなくちゃ。

「さ、悪いけど、下等な人間なんかとムダ話する気はないの。さっさとアタシの食事になんなさい」

 気が長くないらしい魔族は腰に手を当ててあごをそらす。

 蔑むように見下ろす赤い瞳が冷たく光る。

 ゾクリと背筋を恐怖が這いのぼる。

 やばい。

 やばいやばいやばい。

 コイツマジでヤバイ。

 初めてここに来て、バートさんといっしょに村に行くときの魔族たちなんか比じゃない。

 コイツのプレッシャーはハンパじゃない。

 怖い。

 あたしは爪のあとがつくくらい強くこぶしをにぎりしめる。

 でも、ここで逃げることはできない。

 コイツは逃げても逃げ切れない。

 どうする。

 どうする?!

 どうするあたし?!!

「魔王様のために死んでちょうだい」

 魔族の瞳が妖しく光る。

 まずい。

 でも、怖くて身体が動かない。

 しっかりしてよ、あたし!

 ここであたしが踏ん張んなくてどうすんの!

「アメル!」

 アッシュが短剣をさやから抜いてあたしの前に出る。

 っておいおい!

 守るべきはずの人間に守られててどうするよ!

「アッシュ!!」

 あたしはあわてて呼び止める。

「女神メイティーナ、汝の子らを守りたまえ」

 アッシュの言葉がはっきりと聞こえた。

 その瞬間、まばゆすぎる光に包まれた。

 

          

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