10.

 

 シュラの火の矢が魔族に降り注ぐ。

「きゃあああっ!!」

 魔族の悲鳴があがり、大きな木の下で爆炎があがる。

 もうもうと砂煙があがっていて、ぜんぜん見えない。どうなったのかしら。

 うまいこと、拘束具が発動してくれていればいいんだけど。

 砂煙の中から、片腕を押さえた魔族が現れる。

「あれ?」

 なんで怪我してんのかしら。

 シュラはふつうのガーディアンと比べて、ずっと威力のあるガーディアンだわ。

 でも、あくまでもシュラはガーディアン―――持ち主の身を守るのが使命。相手を傷つけるのはガーディアンの仕事から外れる。

 ガーディアンの攻撃は相手を傷つけるためのものじゃない。威嚇のため、警告のための攻撃なのよ。まあ、魔族相手にどこまで通用するかはわかんなかったけどさ。

 けど、当たるとは思いもしなかったわ。

 ただの威嚇でしかシュラは撃ってないはずだもの。

 魔族は人間よりも身体能力も高いというから、避けようとしたために当たっちゃったのかしら。動かなきゃ当たらなかったのに。

 しかも拘束具失敗してるじゃない!

 あたしは動揺を隠して、

「ど、どうするの?降参する気になった?」

 上から見下すように訊ねた。

 思わずだいじょうぶ?と聞きそうになったけど、かろうじてその言葉を飲み込んだ。

「くっ……」

 魔族が押さえた腕に力を入れる。

 うあ……なんか服とかこげてて、腕もかなり火傷してるっぽいんですけど。

 いたそ……。

 シュラもどうしていいのかわかんないのか、あたしのところまで戻ってくる。

 ごめんね、シュラもわかんないよね。

 でもあたしもどうしていいかわかんないわ。

「おのれ……人間の分際でアタシを怒らせるとは……」

 あらら?

 もしかしてやる気に火をつけちゃったかしら?

 魔族が両手を広げると、なんだか力みたいなものが魔族のもとへと集まって、力場みたいなのができた気がする。風が渦巻いて魔族に集まる。

 魔族の殺気に反応したのか、シュラがあたしをかばうように前へと出る。

 まずいかしら。

「やめろ、アデルレート」

 低い声があたしたちの後ろから聞こえて、あたしとアッシュがあわてて振り返る。

 あたしたちが振り返った先には、短い茶髪の男が立っていた。

 その右目から血が流れており、右腕は肩からすっぱりとなかった。

 残された左目は片腕を押さえた少女と同じく紅い瞳が光っている。

「ゼブルン!」

「やめておけ。そいつらの力量はわかっただろう」

「どうしたのよ、その怪我!」

 ゼブルンと呼ばれた魔族はあたしとアッシュの横をすり抜けて魔族の少女の方へと歩いて行く。

 え、あたしたちは無視ですか?

「いや、問題ない。あの手ごわい剣豪を相手 にこの程度で済んだのなら軽いものだ」

 けがの割には涼しい顔で魔族の少女に答える。魔族って、痛覚ないの?ぜったいおかしいわ。

 あたしがそっちに気をとられてアホなことを考えていたら、アッシュが目を見開いた。

「けん……ごう?」

 え、剣豪?

 あたしも思わず男を凝視する。

 この村で剣豪とまで言わしめるひとなんて、一人しか思い浮かばない。

 いや、そんなバカな。

 いやな考えを打ち消したい。

 けど、目の前の魔族を見ていたら、うそとも思えない。

 アッシュがかすれた声でつぶやく。

「と、父さんは……」

「人間にしては敬意を払うべき相手だったな」

 目を見開いて、アッシュはがくりとひざをついた。

 茫然自失の体のアッシュをかばうように、あたしは前に出る。

 そんなあたしをかばうように低いうなり声をあげてシュラが威嚇する。

「あんたたち、やる気なら容赦しないわよ?」

 あたしは虚勢を張って魔族たちをにらみつける。

 ものすごく怖かったけど、アッシュを守らなくちゃいけない。

 バートさんのことを、たしかめなくちゃいけないから。

 どこまでシュラが通用するかはわからないけど、あたしはやると決めたらやるわ。

 たとえ、この魔族たちを傷つけるということがわかっていても。

 あたしには、魔族たちよりもアッシュの方が大事だから。

「あたしは本気よ。おまえたちに情報を提供した者たち、あいつらの恐れる力をあたしは持ってるわよ?」

「なに?」

 ゼブルンと呼ばれた魔族が眉をひそめる。

 できれば、戦わずに追っ払いたい。

 とするなら、こいつらじゃかなわないかもと思わせる必要がある。

 あたしは余裕のあるところを見せるために笑った。

「あたしはあいつらと同じところから来たのよ。あいつらはあんたたちの知らない不思議な乗り物に乗っていたでしょう?あれはね、いずれあたしたち人間が作る力よ」

「…………」

「あれをあたしたちは科学と呼ぶ。この子もそうよ」

 あたしはシュラを呼ぶ。シュラはあたしのそばに降りてきて、おとなしくあたしになでられている。

 あたしはいつになく頭をフル回転させて考えたわ。

 この場で仕切っているのはあのアデルレートよりもゼブルンのほうだ。おそらく、あの大怪我してる魔族の男のほうが、少女よりもえらい。少女がおとなしくあの男の言葉に従っているのを見ても、あたしの考えはたぶんはずれていない。

 つまり、あの男に戦略的撤退という判断を下させれば、とりあえずこの場はしのげる。

「どうする?あいつらの恐れる力の結晶であるこの子と、戦ってみる?」

 あたしはニヤリという言葉がふさわしい笑みを浮かべる。

 ゼブルンはあたしを見据えながら、横目でチラリとアデルレートに視線をやる。

 アデルレートは真っ赤にただれた腕から血を流している。

 痛そうだな……あれ……。

 あたしがやっちゃったんだよな。この場合は正当防衛かな。

 うーん……やっぱ過剰防衛だな。

 でも、ここは法律の規定外の古代世界だから、なかったことになるわよね。うん。悪いけど。

 ゼブルンはじっとあたしを見ていた。

 目をそらしたら負けな気がした。

 挑戦的ににらみつけていたら、ふんっとばかりにゼブルンが片方だけ口元をつり上げた。

 やば……やっぱりハッタリってわかっちゃったかしら。

「退くぞ、アデル」

「えっ、なんで?!」

 アデルレートが不満げにゼブルンに詰め寄る。

 あたしも訊けるもんなら訊きたいわよ。

 なんでここで引くのよ。

 あんたさっき笑ったじゃん。

 バカにしてんの?

 そんなあたしを完璧無視して、ゼブルンはさっさと身をひるがえす。

「やつらも言っていたが、まだ科学とやらは信用ならない。あいつらを陛下と同じところに置いておくのは不安が残る。陛下のおそばにはあいつらと、勉強バカしかいないからな」

「けどっ」

「帰るぞ」

 丘の上の巨木に、大きな黒い穴ができる。

 アデルレートはしぶしぶといった感じでその中に消えていく。

 ゼブルンは入る直前振り返って、ふんっと鼻をならして消えていった。

 黒い穴は二人を飲み込んだら小さくなっていって消えてしまう。そこにはただの巨木しか残っていない。もちろん、巨木には穴もなかった。

「なにあいつ!!」

 あたしはがまんできなくて叫んだ。

 腹立つ!

 めっちゃ腹立つわ!!

 なによあの顔!

 ぜったいぜったい、バカにしてたわ。

 できないだろ、おまえには。

 そう、顔で語ってた。

 その通りなだけに、むちゃくちゃ腹立つ!

 あたしなんか敵じゃないって。

 いつでも殺せるからいまじゃなくてもいいやって。

 たぶん、あいつにそう判断されたんだわ。

 見てらっしゃいよ。

 ギャフンと言わせてやるわ。

 ……古いけど。

 あたしは呆然として座り込んだままのアッシュに歩み寄った。

「アッシュ、バートさん、探しに行こう?」

 のろのろと顔を上げて、アッシュがうつろな目であたしをとらえる。

 今から言うのは実際に現実を見たら残酷なことだって、わかってる。

 でも、あたしは言わなくちゃいけない。

 あたしも信じたくないから。

 もしも予想がはずれていなかったとき、アッシュに現実を受け止めてほしいから。

 そしてなにより、あたし自身が受け止めなくちゃいけないと思うから。

「あんなやつの言うこと、信じるのいやじゃん。バートさん、探しに行こう?」

 アッシュは小さくこくりとうなずいて、ふらふらと立ち上がる。

 あたしたちは悲惨な丘の上を後にして、村への坂道を下りていく。

 そして、あたしは古代世界の現実を目の当たりにした。

 

          

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