4.


 

 あたしは、身を丸くしながら不思議なところをたゆたっていた。

 なんか、とってもあたたかいものに包まれている感じがする。

 安心できて、すべてを預けられるような。ママやパパみたいな、そんな感じ。

 まどろんでいると、ぺちぺちとほおをたたかれる。

 なにするのよ。ひとが気持ちよく寝ているってのに。

 だれ、邪魔するのは。

 眉根を寄せて不快感を訴えるけど、相手はそんなの気にしてくれないらしい。もう一度ぺちぺちとほおをたたかれる。

「………!」

 なによ、うるさいわね。

「……〜〜!」

 しつっこいわね、やめてってば。

 イヤなの。起きたくないのよ、あたしは。

 いやいやと首を振っているのに、まだぺちぺちとほおをたたかれる。

 はっとあたしは目を開けて、がばりと身を起こす。

「〜〜〜〜〜」

 なにかを話しながら、困ったような笑みを浮かべて、おじさんが座っていた。

 おじさんなんて言っちゃ失礼かも。三十代前半くらいの男の人は古代の旅装束みたいな格好をしている。あたしのパパよりは断然若いわ。

 周りを見回すと、一面の草原が広がっている。あたしの髪を風が揺らす。草原なんて、映像でしか見たことないわ。

 そういえば、あたしってばノリと勢いで「あたしが勇者さまを助ける」とか何とか言っちゃったんだっけ。それで例の時空転移装置プロトタイプに念じたら光があふれて。

 ってか、ここどこよ。

 ふと男の人に目を移すと、男の人がいっしょうけんめい何かをしゃべっていた。

 でも、あたしにはなにを言っているのやらさ〜っぱりわかんない。

 首をかしげかけて、あたしはふと思い出す。

 そういえば過去の世界のはずなんだもんね。言葉が通じないのもしかたないかも。あたし古代史は好きだけど、古代語はあまり得意じゃないんだよね。

 あたしはぎゅっと抱きしめていたらしいかばんをごそごそと探る。

 たしか適当に入れた中にあったはず。

 あった!

 あたしは小さなイヤリングを手に取る。これもママの開発した、イヤリング型太陽光電池式全訳言語翻訳機。やったらめったら名前が長くて、小学校の機械史のテストのときには苦労したものだわ。

 とはいっても、テストには音声の外国語はないから役に立たない。いったいいつ使えるのかと思ってたけど、こういうときに役に立つのね。

 いそいそとそれをつけると、やっと男の人がなにを言っているのかが理解言語として頭の中に入って来る。

「こんなところで寝ていたら危ないじゃないか」

 男の人はなんにも言わないあたしにあまり不信感を持っていなかったらしい。ふつうにしゃべりかけてきてるし。

「ここは?」

 あたしが訊ねる。この翻訳機、使うの初めてだったのよね。映画見るときにわざわざこれ使わないもん。吹き替えあるし、これじゃ本場の役者の声聞こえないし。だからちょっと不安だったんだ。

 なにが不安かって、あたしの言葉が通じるか。

 翻訳がうまくいくのはママの作品だし疑ってないけど、あたしの言葉も通訳してくれるのかってこと。

 男の人はまばたいて、

「ここは、クエル村の近くの街道だよ」

 優しく教えてくれた。

 やった、通じた!

 それだけのことでも、なんだかとってもうれしい。

 言葉が通じるって、こんなにうれしいもんなんだ。知らなかったよ。

 ん?

 クエル村?

 クエル村っていえば、たしかあの伝説の勇者さまの生まれ故郷のはずだわ。

 やった!うまくいったのかしら。

 あとの問題は、ここがいつの時代かってことよね。

 でも、いきなり今っていつですか、なんて聞けないわよね。あきらかに変な人だし。

 どど、どうしよう。どうやって聞けばいいのかしら。

「こんなところで寝てたら危険だよ。魔物に襲われたら大変だ」

 男はあたしの心の中をよそに、のんびりとした口調で言った。

「お嬢さん、今夜は泊まるところはあるのかい?」

 あたしはふるふると首を振る。

 そんなものどころか、お金すらないんだった。しまった、何か金目のものを持ってくるべきだったわ。

 電子マネーで、勝手に引き落とされるからさいふにもカードしか入ってないし。

 やっば〜、そんなとこまで考えてなかった。

 あたふたしだしたあたしに、男の人がにっこり笑いかけた。

「じゃ、今夜はクエル村においで?村まで連れて行ってあげるよ」

「あ……でも、あたし、お金なくて」

「いいよいいよ、そんなことくらい。その代わり、うちの息子の相手をしてやってくれるかい?」

「息子、さん?」

 そんなひまはないんだけどなぁ。

 でも、お世話になるだけなっておいて、何もしないってのもかなり失礼な話よね。

 ま、ここがいつなのかすらわかんないし、どうにかして勇者さまを探し出さなきゃいけないしな。ま、いいか。

「はい、それくらいでいいなら」

「そうかい?じゃあ、暗くなる前に帰ろう。暗くなると、魔物も強くなるからな」

 そうなんだ。

 あたしは魔族も魔物も見たことがないからわかんない。教科書上の生き物、ってかんじだったしね。

 あたしはうなずいて立ち上がる。

 歩き始めていた男の人はくるりと振り返った。

「そういえば、きみ、名前は?」

「アメルです」

「そうか。おれはバート。バート・エリオットだ」

 んん?

 エリオット?

「バート・エリオット?!」

 あたしは思わず声を上げていた。

 バート・エリオットっていえば、たしかあの勇者さまのお父さまと同じ名前。天才剣士と名高いあのバート・エリオットなのかしら。

 まさか、いやでも……。

 いくらなんでもそんなに都合よくはいかないかしら。

 考え込んでいるあたしの目の前をひらひらと手が動く。

「おーい、だいじょうぶかい?」

 はっとあたしは我に返る。

 そういえばこんなところでトリップに浸っているわけにはいかないんだった。

 あたしはあわてて顔を上げてにっこり笑った。

「あ、はい。ごめんなさい」

「いやいや、別に。お嬢さんも戻ってきたことだし、じゃ行くか」

 バートさんがすたすたと歩いて行く。

 あたしは遅れないようにあわてて着いて行った。


 


 


 

「ここがクエル村だ」

 バートさんがそう言ったときには、あたしは疲れきっていた。

「や、やっと着いた〜」

 ぺちゃりとあたしは地面に座り込む。

 マジ疲れた。

 死にそうよ、いやマジで。

 あたしは古代をなめまくっていたのだというのを実感させられた。旅っていうものをわかっていなかった。

 魔物に襲われたときには、バートさんに任せっぱなしで、まったく動けなかった。

 魔物の姿に驚いて。

 魔物の強さが怖くて。

 足がすくんで。

 まったく役にも立てなかった。

 こんなんでよく過去に行こうなんて思えたもんだわ。

 あたしは楽観視しすぎていた。

 自分が情けなかった。

「だいじょうぶかい、アメルさん」

 バートさんが心配そうに顔をのぞきこんでくる。

 あたしはかろうじて引きつった笑みを浮かべた。

「だ、だいじょうぶ。ごめんなさい、迷惑ばっかりかけちゃって」

「そんなのはかまわないよ。本当に大丈夫かい、顔色が悪いが」

 ああ、ありがとう。

 今のあたしにはもったいないくらいに優しすぎる言葉だわ。

 あたしは心の中で涙をぬぐって、立ち上がる。

「ほんと、だいじょうぶです」

 こんなんじゃ、とてもじゃないけど、勇者さまを守るなんて口が裂けても言えないわ。おこがましいにもほどがある。

 心配そうにあたしを見ていたバートさんは気を取り直したのか、あたしに背を向けて歩き出す。

「おいで、うちはこっちだ」

「は、はい」

 あたしはかばんを手にあわててその後に続く。

「やあ、バート。お帰り」

「やっと帰ってきたのかい、あんたの愛息子が首を長くして待ってたよ」

「早く帰ってやんな」

 道を行きながら、村の人たちがバートさんに声をかけていく。

 だれ一人、かけない人がいないくらい。

 慕われてるんだ。

 なんだか、こういうのもいいなぁ。

 あたしの住んでいたところでは、ありえない光景だ。

 大きな都市だし、しかたないといえばしかたないわ。でも、あそこの人たちは他人なんかほとんど見えてない。自分と一握りの知っている人だけが全て。知らない人が多すぎて、知らない人なんか景色の一部くらいにしか思ってない。

 こんなふうに会う人会う人、全てが声をかけてくるなんて、なかった。

「アメルさん、あそこがうちだよ」

 バートさんが小さな家をさし示す。

 特別大きなわけじゃない、こじんまりとした家。でも広い庭がついている。その庭には、かかしみたいなのや棒にわらを巻いたみたいなのが立っている。

 あれって、剣の練習とかに使うものかしら。

 ぼんやりとそう思っていると、家の中からばたばたという音が聞こえてきて、ばんっと勢いよくとびらが開かれた。

 

          

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