11.

 

 あたしとアッシュは無言で村への道を急いだ。

 べつに急がなくてもよかったけれど、あたしたちは急ぎ足で村に向かった。

 なんて言えばいいだろう。

 なにかに急かされているようだった。

 少しでも遅く知りたいのに、少しでも早く知りたかった。矛盾してるのはわかってる。でも、本当にそんな気持ちだった。

 村についたら、家の付近はなにも壊れてなんかいなかった。

 当然よね。村を出るときもバートさんたちが戦ってたのは村の入り口のほうだったもの。

 街道側に行かなくちゃいけないんだわ。

 あたしがいることもすっかり忘れているかのように、アッシュは村に着いたとたん走り出す。

「父さーん!」

 呼び止めても、いまのアッシュにはきっと届かないと思った。

 あたしは無言でアッシュを追った。

 村を進めば進むほど、血の匂いが濃厚になってくる。吐き気がしそうだわ。あたしは何度もつばを飲み込んで、かろうじてその不快な気分を抑えた。

 小さな村だから、ほどなく村の入り口についた。

 そして立ち尽くすアッシュの背中もそこにあった。

「アッシュ?」

 あたしはなにかを一心に見つめているアッシュの横に並んで立った。

 アッシュの目の前には、地面に突き立てられた剣があった。

 その剣は、バートさんを地面に縫い付けていた。

「バートさん……」

 口元から一筋、血を流して倒れている。

 剣が心臓を貫いているから、すでに息はないんだろう。

 あんなに強いと言われていたのに。

 歴史では、死なないはずだったのに。

 まだまだ小さなアッシュのこと、育ててもらわなくちゃいけなかったのに。

 アッシュはまだ10歳なのよ?

 未来の魔族の勝手な思いで、アッシュが振り回されるなんて。

 彼らが思いをぶつけて、自分たちの権利や主張を述べて戦うべき相手は、未来に生きる人間じゃないの。

 言葉によって理解しあって、それで権利を勝ち取らなくちゃいけないのだって、未来の人間たちにだわ。

 彼らは卑怯だわ。

 意見を述べて戦うこともせずに、未来の人間に勝てないと思ったから。

 だからもっとも安易な方法―――過去を変えることで自分たちの現状を変えようとした。

 そんな勝手な人たちに過去に生きた人たちの生活がめちゃくちゃにされるなんておかしいわ。

 この時代の魔族を、あたしは知らない。

 あたしの生きた世界では、すでに過ぎ去った時に生きた者たちだ。

 だから、あたしが倒すべき相手は、未来からここへ来た魔族たちだ。

 彼らを許しちゃいけない。

 彼らがやったことは許されないことだもの。

 なんとかしなくちゃいけないわ。

「アメル」

 落ち着いたように聞こえる声音でアッシュがあたしを呼ぶ。

 ゆっくり振り返って、アッシュは青白い顔にほのかな笑みを浮かべた。

 その表情はものすごく痛かった。

「手伝ってくれる?父さんを、村のみんなを眠らせてあげたいから」


 


 


 

 丘の上で亡くなった村人たちのお墓を丘に作って、バートさんのお墓はアッシュが家の庭に作った。

 どうして庭なのかと思って聞いたら、

「父さんは、母さんの思い出のあるこの家で眠らせてあげたいから」

 と答えた。

 アッシュのお母さんは有名すぎる聖女だったから、そのなきがらは聖骸として大神殿に安置されていると、たしかなにかで読んだ。

 だから、アッシュとバートさんには彼女の生きた証は思い出しかないのだろう。

 アッシュはそれを、バートさんにあげたのだ。

 バートさんの剣の突き立てられたお墓を見つめて、アッシュはこぶしをにぎりしめる。

「父さん、こうなることをわかってたのかな。いつになく丘の避難所へ行けって言うし、いつもはよけいな荷物なんて持たせないのにこれも持っていけとか言って渡すし」

 アッシュは持っていた袋をぎゅっとにぎる。

 もちろん、二人で中身を調べた。

 アッシュによると高価な薬草や装飾品、聖具などの貴重品らしかった。

 バートさんはもしかして、覚悟してたんだろうか。

 たぶん、あたしはそこまで覚悟できていなかった。

 魔族を倒す、なんて覚悟、持っていなかった。

 結局できなくて、魔族を追い返すのがやっと。

 魔族たちを倒すなんて、頭になかった。

 過去を変えないために。

 未来を守るために。

 そのために、あたしはここへ来たのに。

 結局、あたしは過去を守れなかった。

 こんなところでは死なないはずのバートさんは失われてしまった。

 あたしは横に立ってここではないどこかを見ているアッシュを見つめる。

 アッシュのかけがえのない財産となるはずだった人を、失わせてしまったんだわ。

 終わってしまったことを悔やんでも、なにもかえっては来ない。それはあたしもわかってる。

 でも、そうよ。

 そうなのよね。

 ここでずっと突っ立っていても、なにも始まらない。

 もう失くさないために。

 もうこれ以上過去を、未来を変えないために。

 あたしがいま、できることをやらなくちゃ。

 それに、ここにやってきた魔族たちのおかげで、わかったことだってあるわ。

「ねえ、アッシュ。ここでいちばん安全な場所って、どこ?」

「え?」

 アッシュがけげんにあたしを見上げる。

 ま、突然聞かれたらおどろくかしら。

「魔族におそわれても持ちこたえられるような、安全な場所ってある?」

 そんな都合のいい場所、やっぱりないかしら。

 でもあたしがずっとここにいて、アッシュを守りきれるとは思ってない。そんなにあたしは楽観的じゃないつもりだし、いずれはシュラの動きも威嚇でしかないとわかってしまうわ。

 そうなったとき、あたしよりもこの世界の人たちのほうがアッシュを守ることができるんじゃないか。

 あたしは、その思いを強くしていた。

「……神殿」

「神殿?」

「神殿なら、たぶん世界でいちばん安全だと思う。いままで何度も魔族に攻められたりしたけど、どれも防いでいたし」

「たまたま防げたとかじゃなくて?」

「うん。神殿は結界に守られてるから。魔族の攻撃は防いでくれるし、魔族は入ることができないんだよ」

 うーん、神殿か。

 あんまりカミサマとかは信じてないけど、まあこの際文句は言ってられないもんね。

 どういう原理かはよくわかんないけど、アッシュも実際に聖術を見せてくれたしなぁ。この時代はカミサマと人間が近いのかも。

 だとしたら、安全か。

「神殿か、なるほどね」

「あとは……谷?」

「谷?」

 聞いたことのないものにあたしは眉根を寄せる。

 そんなの、歴史でも習ってないよ。

「なに、谷って?」

「うん、ぼくもよくわかんないんだけど」

 そう断って、アッシュが話し出す。

「前に村に来た傭兵に聞いたんだ。対魔族戦のための特殊機関があるんだって。どこかの国が作った機関で、人間なのに魔族たちの使う魔術が使えるって。彼らの住んでいるところがなんとかの谷って呼ばれてて、そこは魔族でも攻め落とせなかったって」

「ふうん、谷……」

 聞いたことないけど。

 歴史の表舞台には残らなかったのかしら。

 どういう原理で魔術が使えるのかもよくわかんないしねぇ。

 谷というところの人たちの考えがいまひとつわからない以上、アッシュを預けて守ってくれそうな場所といえば、神殿よね。

 なにより、アッシュは天聖の聖女の息子だし。きっと守ってくれるはずよ。

 いまのあたしじゃ、あのアデルレートやゼブルンといった高位魔族が出てきたら勝てない。

 あたしじゃ、アッシュを守りきれないんだ。

 それなら、あたしができるところまでやるだけよ。

「アッシュ。支度をして。神殿に行きましょう」

「え?」

「彼らは、今回は引いてくれたけど、いつもそううまくいくとは限らないわ」

「……うん、そうだね。荷物、まとめてくる。神殿に行くなら、お金も必要だろうし」

 アッシュが神妙な面持ちでうなずく。

 家の中へ入りかけて、アッシュは立ち止まると、あたしを振り返る。

「アメル」

「なに?」

「あいつらの言ってた銀の勇者。アメルの呼んだ火の鳥みたいなの。それに、カガクっていう力のこと。いまは、聞いちゃいけないんだよね」

 あたしははっとしてアッシュを凝視する。

 あのとき、アッシュは呆然としてたし、聞いてるのかいないのかよくわかんない状況だった。

 それについ勢いあまって余分なこと、あの魔族たちに言っちゃったかしら。それももちろん、アッシュは聞いていたのよね。

 どうしよう。

 言って納得してくれるかしら。

 それとも、よぶんなこと言うのはそれも過去を変えることになるわけだからまずいよね。

 固まったあたしをじっと見つめていたアッシュは、目を伏せて家の中に戻っていく。

 ごめんね、アッシュ。

 そのうち必ず、言うから。

 だからちょっと待ってて。

          

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