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太陽の下では、庭の緑が映えてとてもきれいだった。 植木だけでなく、芝もきらきらとかがやいているように見える。 「きれいね……」 「こうして外を散歩なさるのも何年ぶりでしょうね」 アニスも笑顔で周りを見回している。 大小さまざまな、色とりどりの花が咲いている。 セレスティはしゃがみこんでそれをながめる。 「スレインでは見ない花ね」 「そうですね。ラティニアのほうが少し北だからでしょうか」 がさがさと茂みから出てきた帽子にはさみを持ったおじさんが首をかしげる。 「やや、見慣れない顔だ」 突然現れたおじさんにびっくりしたセレスティだったが、失礼だと思いあわてて居住まいを正す。 「あの……すみません。勝手におじゃましてしまって……」 なれていない様子のセレスティを不思議そうに見ていた庭師は首をかしげた。 「もしかして、あなたが陛下の?」 「あ、その、はい」 「ああ、そうでしたか。庭はお気に召しましたかな」 「はい。とてもきれいです」 「それはよかった。陛下とあなたのお気に召したなら、本望ですよ」 おじさんはふんわりと笑う。 本当に花が好きなのだと、思わせる笑みだった。 「陛下もこの庭はお気に召してくださったようでしてね。ときおりいらっしゃるんですよ」 「陛下も?」 「ええ、それほどよく来られるわけではありませんが」 庭師はうなずきながら言う。 ときおり―――それはつまり庭に出るひまもなかなかとれないということか。 やはり忙しいのだ。 なぜかほっとしている自分がいた。 「陛下はお忙しいのですね」 「もともと多忙な方ですからね」 おじさんはそう言って、すっとふところから時計を取り出す。 「でもこの時間なら……」 なんとなく気になって、 「なんのお時間なのですか?」 庭師に聞いてみた。 「いえね、この時間帯なら、もしかしたら陛下はどこかでさぼっておられるかもしれない」 「陛下が、ですか?」 見た感じはまじめそうな方だったのに。意外なことだ。 「まじめな方ですが、一定の周期でサボリぐせが出る方でしてね」 「そうなのですか」 「みんな知っているけれど、知らないフリをしているんです。陛下ががんばっておられるのはみんな知っていますからね」 庭師は内緒ですよ、と小声で付け加えた。 「わしたちのために力をつくしてくださる方だから、陛下には幸せになってほしいんです」 「…………」 そんなひとに、嫁いだのがセレスティでよかったのだろうか。 ラティニアをきらっている、セレスティで。 「陛下は本当に優しい方ですから、どうぞよき仲になってください」 「わかりません。私はまだ、あのひとのことをよく知りませんから」 胸元でぎゅっと手を組んで、セレスティは小さな声でもらした。 しかし、皇帝にはなかなか会うこともできない。 皇帝に、アーサーに会いたいのか? セレスティは自分自身に訊ねる。 わからない。 困り果てて黙り込んだ。 うつむいたセレスティにおじさんは優しく声をかける。 「殿下、あそこに赤い葉の木があるのが見えますか?」 セレスティが顔を上げると、たしかに緑の中に目立つ赤い葉の木が立っているのが見える。 「はい」 「あそこからもう少し北に向かうと、東屋があるんです。東屋で死角になるところ、今日あたりはおそらくその辺で陛下はさぼっておられると思いますよ。最近はあそこを使っておられませんから、そろそろあそこにいると思います」 「…………」 「よろしければ、お訪ねください。陛下とあなたには、きっと互いを知り合う時間が必要なのでしょう」 迷っていたセレスティに庭師は穏やかに告げた。 「アニス」 「私は、次のダンスの授業のための準備をしておきます」 なにかを言われる前に、アニスは先回りした。 迷うようだったセレスティはそれに後押しされるようにはっきりとうなずいて、ぱたぱたと走り出す。 アニスはその背を見送りながら、複雑な顔できゅっと手を組んだ。 「姫さま……」 私は、どうしたらいいでしょう。
ぱたぱたと走って赤い葉の木のところまで来ると、すぐ近くに東屋が見えた。 「これが東屋」 ほどよい日陰ができていて、風通しもよさそうだ。 こんなところで本などが読めたらすてきだろう。 「東屋で死角になるところ」 セレスティは歩いて東屋の裏側に歩いて行くと、庭師の言うとおり目的の人物の姿があった。 東屋の影になる大きな木にもたれかかって、気持ちよさそうに眠っている。 心地よい風がそよそよと曇り空の髪を揺らした。 なんとなくこの穏やかな空気を壊してしまうのがもったいなくて、セレスティはそっと歩み寄ってしゃがんだ。 端正な顔立ちは、セレスティがいままで見た中で、いちばんきれいだと思う。 (まつげ長い) もしもふれたら、少しでも音をたてたら壊れてしまうような気がした。 そのはかない空気が、セレスティの胸をぎゅっとしめつけるようだ。 (このひとの国が、兄を殺した) 憎いはずの兄の仇―――セレスティは眠る皇帝にゆっくりと手を伸ばした。 ふれる寸前、セレスティは結局手を引っ込める。 まゆを寄せて、セレスティはその手をぎゅっとにぎりしめた。
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