第三話 先生と生徒


 

2.


 

 食堂へと向かいながら赤毛の先輩、サーフィスがにこにこと笑ってジークにあれこれ話をふる。

「そっか。エッディフトか。おれはね、王都の出身なんだ」

「王都の?」

「ああ。けど、ほかの近衛の連中とちがって、おれはごくふつうの庶民だけどな」

「え?」

 ジークが目を丸くしてサーフィスを見上げる。

「おれはね、第四騎士団から第三騎士団へ、んでこうして第二騎士団へと転属してきたんだよ」

「じゃあ、勤続期間も長いんですね」

「まあな。おれは五人兄弟の長男だからな。しっかりはたらかねえとちびたちに食わせられねえし」

「え?」

 ジークがわずかに首をかしげる。

 ジークの生活からすると、決してぜいたくができたわけではなかったが食べられないような生活はしたことがなかった。

 サーフィスが年上であるのはジークにもわかる。だがサーフィスくらいの年頃で食べるためにはたらいていたひとはジークの周りにもいなかったためジークは不思議に思った。

 ジークのわかってなそうな顔にサーフィスは苦笑した。

「エッディフトがどんなところなのか、行ったことねえおれにはわかんねえけど、王都は物価が高いんでな。親父やお袋の給料だけじゃ一家七人は食えねえんだ」

「そうなんですか?」

「ま、ちびたちも大きくなって、弟も騎士をやってるからな。今は食うために働かなくてもいいんだが」

 サーフィスは付け足して、ふと思い出したようにジークに視線を向ける。

「そういえばおまえはまだ王都に出てないんだっけ」

 サーフィスの問いにジークはうなずいた。

 この間の試験のために、いちおう城から出て、王都に行ってみたもののろくに歩いてはいない。

 ジークは王都についてほとんど知らなかった。

「本来は休暇のときに出られるんだが……おまえは家庭教師がついていたんだっけ」

「はい」

「そっか。じゃ、しばらくはムリそうだな」

「でも僕はそれほど困っているわけではありませんから。なにかほしいわけでもありませんし」

「そ。ま、おまえがまともに術が扱えるようになったら家庭教師も必要なくなるだろうからな。たまには休みだってくれるかもしれないから、そうなったら行けばいいさ。おれが案内してやってもいいし」

「ありがとうございます、サーフィス」

 ジークは目礼した。

「そうだ。おれは敬語いらないから」

「え、サーフィスもですか」

「おれもって……ああ、ライか。ライもいやがるよな」

「え、ええ」

 実はライオットだけではないが、まあここで言わなくてもいいだろう。

 ジークはあいまいに流した。

「おれはさ、もともとそういう話し方をするんじゃないし。なれてないんだよな敬語っての。なーんかこそばゆいかんじ」

「そう、ですか?」

「ジークはなれてるから気になんねぇだろ。おれはそうじゃねえからな」

「へえ……」

「だからおれの前でも使わなくていいからな」

「わかった」

「そうそう、その調子だ」

 にこっと笑うサーフィスにジークもつられて笑う。

 ライオットとは合わない感じだったが、ジークは好きになれそうだと思った。

「あ、サーフ!」

 ぱたぱたと走ってくる金髪の男にサーフィスが手を上げた。

「おう、パットじゃねえか」

 駆け寄ってきた金髪緑眼の青年はジークに気づいてはにかむように微笑んだ。

「あ、ジークくん」

「こんにちは、パトリック」

「こんにちは」

「おれらは今から昼メシ食いに行くんだ。パット、おまえ昼は?」

 パトリックはサーフィスに顔を向ける。

「うん、今から」

「そ。じゃ、いっしょに行かねえ?」

 パトリックがわたわたとあわて始める。

「え、でで、でもソールは……」

「どうせまた女といっしょなんだろ?」

「う、うん」

 パトリックが困ったように視線をさまよわせる。

「じゃ、いいじゃねえの。まーたすっぽかされるかもしれねんだろ?」

「でもでも、今日は来るかもしれないし」

「そう言ってこの間もおまえ昼メシ食いっぱぐれたじゃねえか」

「そ、そうだけど……」

 パトリックが眉根を寄せてもじもじと指を動かしている。

 サーフィスはばしばしとパトリックの背をたたいた。

「いいじゃねえの。たまにはさ、おれと食おうぜ。ジークもいることだし。おまえもジークといろいろ話してみたいだろ?」

「う、ん……」

「サ、サーフィス、無理強いはよくないんじゃ……」

 ジークがいちおう釘をさすが、サーフィスは手を振りながら振り返る。

「いやいや、いいんだって。パットはこんなんだし、ソールはいつものことだから。あんなのにつき合ってたらいつまでたっても振り回されるばっかりだぞ」

「そ、そうなんですか」

「そうそう。勝手によろしくしてんだから、おれたちも気にせずメシ食おうぜ」

 サーフィスはパトリックの肩に腕を回してぐいぐいと引っ張っていく。

 ジークはあわててその後に続いた。


 


 


 

「あ〜、食った食った!」

 サーフィスがいすに背をあずけて深呼吸する。

 サーフィスの前にある皿の数々を見て、ジークはあきれ混じりにつぶやいた。

「ほ、本当によく食べますね」

「食わなきゃ体力つかねえぞ」

 ぺろりと三人前は平らげたサーフィスはライオットよりは大きいとはいえ、男性としてはそれほど大きいわけではないし、体格もいいわけでもない。

 いったいその身体のどこに消えるのか、ジークは不思議でしかたがなかった。

「ジークくん、サーフはいつもこんなんだから気にしないほうがいいよ」

 パトリックが苦笑をそえて言った。

「そうなんですか」

「おや、パット、サーフ」

 金髪緑眼の青年が女性騎士とともに歩いてくる。

 パトリックがはっと顔色を変えてうつむいた。

 甘い顔立ちの青年は眼を細めた。

「それにジークくんも。昼食かい?」

「こんにちは、ソール」

「ソール、だれ?」

 見覚えのないジークの顔を見て、赤い制服の女性騎士が訊ねるとソールがにっこりと笑顔をふりまく。

「サンドラ、我が騎士団の後輩だよ。ジークくんだ」

「ああ、黒騎士団に新しく入ったっていう」

 女性がじろじろとジークを品定めでもするように眺める。

 あまりそういった視線にさらされたことのないジークはいづらくて身じろいだ。

「おい。見せもんじゃないぞ」

 サーフィスが鋭い目つきでとがめると、サンドラがじろりとにらみつけた。

「近衛に上がったからといって、庶民がいい気なものね」

「なんだとっ?!」

 サーフィスがテーブルをたたいて立ち上がる。

 がちゃんと皿がフォークやナイフとぶつかって耳障りな音をたてた。

「サ、サーフ!」

 パトリックが周りを見回しながらサーフィスを押さえる。

 声を荒げたサーフィスを見て、周りの人々がしんと静まり返っていた。

「あら、あなたソールの弟じゃないの」

 サンドラがパトリックに眼を向ける。

「え……」

「何をするにも仲間の後ろに隠れている弱虫なんですってね。それでソールと双子だなんて、信じられないわ。本当に同じ遺伝子を持っているのかしら」

「…………」

 パトリックがつらそうにうつむく。

 サーフィスがこぶしをにぎりしめた。

 ソールがやんわりとたしなめた。

「やめないか、サンドラ」

「ソール、あなた彼らの肩を持つの?」

 サンドラが不満げにソールを見上げる。

 ソールはサンドラの肩を抱き寄せた。

「そりゃあもちろん、きみの肩のほうがぼくはいいな。でも、パットはぼくの弟だからね」

 優しげな緑色の瞳でソールがサンドラを見つめる。

 サンドラがその瞳に映る赤い顔の自分を見ながら口を開きかけて閉じた。

「あんまり悪く言わないでほしいな」

「ソール……」

 ジークはとても入っていけそうにない雰囲気にただただなりゆきを見守っているしかない。

 サーフィスがぎりっと奥歯を鳴らした。

「じゃあ行こうか」

「ええ」

 サンドラがさりげなくソールに腕をからめた。

「それじゃあぼくらは失礼するよ」

 ソールは片手を上げてその場を立ち去っていく。

 しんと静かになってしまっていた食堂に、ざわざわとざわめきが戻ってきはじめる。

 にぎりしめたままのこぶしでサーフィスがだんっとテーブルをたたいた。

「なんなんだ、あの女!」

 青い顔のままうつむいているパトリックをジークは不安げにのぞきこむ。

「だいじょうぶですか、パトリック」

「う、うん。平気」

 パトリックは顔を上げて困ったように笑った。

「よくあることなんだ。だいじょうぶ、なれてるよ」

 色のない顔のまま心配させまいとして笑うパトリックは見ていて痛々しかった。

「おいパット!おまえが見たときの女と同じ女か?」

「え、う、ううん」

「くそっ、あいつめ、ちゃらちゃら遊んで、へらへらしやがって」

「ソールはいつもあんなかんじなんですか?」

 ジークがサーフィスに訊ねると、いまいましげにああとつぶやいた。

「おれたち三人は同期だけどさ、あいつは入った当初からあんなかんじだ。第二騎士団の威厳も下がるってもんだぜ。だからソールは嫌いなんだ」

「サーフ、おねがい。ソールの悪口は言わないで」

 パトリックが首を振った。

「なんであんなやつをかばうんだよ!」

「ソールは、ぼくの兄さんだよ」

 ジークはぼんやりとそれを聞いていた。

(兄さん……)

 故郷の兄が頭に浮かぶ。

(いや、あれとはちがう気が)

 あれは親バカの父と競えるほどの兄バカだ。

 あれを基準に考えることは危険だと、ジークは思った。

「ちっ、胸くそわりぃ」

 サーフィスがはきすてるようにつぶやいた。

 


 

          

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