第二話 歓迎会の夜


 

9.


 

 ろうそくの火が揺れてティルティスの影を大きく小さく見せる。

 ティルティスの黄金の髪がろうそくの炎でところどころ赤銅色にも見える。

 こんこんと、控えめになったノックの音にティルティスは顔を上げる。

 時計に目をやると、すでに短針は10を過ぎている。こんな時間にだれだろう。

「だれだ」

「遅くにすみません、ジークです」

 ティルティスは険しくしていた表情をゆるめた。

 この時間ならだれも聞いてはいないだろう。

「どうぞ」

「失礼します」

 ジークが戸をあけて入ってくる。すでに着替えているらしく、ジークは私服でやってきた。

 執務机についていたティルティスは小首をかしげる。

「どうしたんだ、めずらしいじゃないか。こんな時間に訪ねてくるなんて」

「うん、ごめんね。もう寝るところだった?」

「いや、まだだ。もう少ししてから寝るところだったし」

 ティルティスの机の上の書類に気づいて、ジークは顔を曇らせる。

「それってもしかして前に書いた書類の書き直し?」

「いや。それはもう終わった。それよりもジーク、歓迎会はどうだった?」

「うん!楽しかったよ。ゲインさんの料理もおいしかったし」

 ジークの中では最初の部分の試験はすっかり消え去っているらしい。

 心に強く残っているのは最後の歓迎会の部分のみらしい。

 あまりにもジークらしい。

 ティルティスは声をあげて笑った。

「そうか。それは何よりだ。俺も行ければよかったんだが」

 ティルティスはむぅっと眉根を寄せる。

 こっそりと抜け出そうとしていたところで、親父様に見つかってしまった。いつもの突然の思いつきで家族で夕食を共にすることになってしまったのだ。

 ティルティスは腕を組んで、いすに背を預ける。

「まったく、あの方にも困ったものだ」

「陛下とご一緒だったんだってね。いいじゃない、せっかくなんだし」

「ジークの歓迎会だってせっかくだったぞ」

 ふてくされるティルティスに苦笑したジークは「そうだ」ふところからティルティスのくれた剣を取り出す。

「これ、ありがとう」

「ああ。どうだ、気に入ったか?」

「うん。すごく。わざわざ二週間も前から作ってくれたんだってね」

「頼んだだけだ。俺は別に何もしてない」

 ティルティスは苦笑を浮かべる。

「俺ができるのはこれくらいだからな。俺のことを守ってくれるんだ、せめてお守り代わりになるという守り刀くらい、みなに作ってやりたいから」

 ティルティスを守るための第二騎士団だ。

 せめて、彼らが少しでも傷つかなくてすむように。気休めでもやってやれることはやってやりたい。

「でも、なんか悪いなって」

「もらえるものはもらっておけ、ってライオットに言われなかったか?」

「うん、言われた」

 実にライオットらしいと思って思わず笑ってしまった。

 笑みを浮かべていたティルティスの顔がかげる。

「それよりも、悪かったな」

「何が?」

「試験のことだ」

「どうして?僕はあれ、いいと思うけど」

「そうか?俺はくだらないと思うが」

「そうかな?理念はよくわかるけど」

 たしかにだれでもかれでも近衛騎士に任命はできないだろう。

 より中枢に近いところにいることになるのだ。やはりきちんとした相手でないと、任せられないと思う。

 だがティルティスは首を振った。

「俺がしっかりしていればいいんだろう?人数が少なければその分、ジークたちにかかる負担が大きくなる」

 ティルティスは眉間にしわを寄せたまま、はき出すようにつぶやいた。

 なるべくなら、迷惑はかけたくない。

 ただでさえ、守ってもらうことしかできないのに。

 ジークはぱちぱちとまばたいて、

「でも……その分、ティルトといっしょにいられる時間が増えるよ?」

 にっこりと笑う。

「え?」

 ティルティスがあっけにとられる。

「ティルトって、実はものすごく忙しいでしょう?この二週間、僕と顔を合わせたのだって片手で数えられるくらいじゃない。この上第二騎士団に人がたくさんいたら、さらに会う回数が減るんだろう?そうしたら、せっかくティルトと仲良くなったのに、会えないじゃない」

 そこまで言って、ジークはふと思う。

(あれ、失礼かな)

 王太子と一騎士だ。貴族とはいえ、辺境の貴族なのだから、失礼にあたるだろうか。

(でも、団長もティルトと仲良くって言ってたし)

 うんと一つうなずいて、

(まあいいや)

 のんきにジークはさらりと流すことにした。

「えっと、だって、ほら、僕らって友達でしょ?」

 ティルティスが目をみはって息をのむ。

 そんなことを言ってくれたひとは、初めてだった。

 ティルティスがこくこくと何度もうなずいた。

「ああ、うん。そうだな」

 ずっとほしいと思っていた友達。

 王太子であるから、だれもそんな関係にはなってはくれなかった。

 初めて、そんなふうに利害だけでティルティスを見るのではない人と出会ったのだ。

「友達だ」

「じゃ、気にすることないよ。友達なんだから、頼ってくれればいいんだよ。僕もきっとティルトに迷惑かけるしさ」

 というか、二週間前、さっそく迷惑をかけたばかりだ。

 思い出すとまた暗くなりそうだ。

 気を取り直してジークは提案する。

「今度またこういうふうにみんなで食事する機会があったら、ティルトも行こうね」

「うん」

 ティルティスが微笑んだ。

「みんなこういうの好きそうだったから、またすぐあるよ」

 あのメンバーならこういう行事が好きそうだ。何かにつけては行いそうな気がする。

「あ、そうだ!」

 ジークが大きな声を出すのでティルティスはうかがうようにジークを見上げる。

 ジークは足をそろえ、姿勢を正すとなれた様子で敬礼する。

「正式に第二騎士団の所属となりましたジーク・ゼオライト、精一杯がんばりますのでよろしくお願いします!」

 深く腰を折って頭を下げる。

 ぽかんと見つめていたティルティスがくすっと笑った。

「うん、こちらこそ。頼りにするぞ、ジーク」

「うん、がんばるよ」

「第二騎士団は人使いが荒いので有名だからな、しっかり働けよ?」

「期待に沿えるよう、がんばるよ」

 顔を見合わせてどちらからともなくくすくすと笑い出す。

「じゃ、遅くにごめん、ティルト。それが言いたかったんだ」

「いいよ」

「じゃ、また明日」

 戸に向かって歩き出したジークが思い出したように振り返る。

「そうそう、早く寝なくちゃダメだよ?ティルトって、根つめすぎ」

 ジークは人差し指を立てて、兄が弟を諭すように言う。ティルティスが苦笑した。

「わかった。もう寝るよ」

 満足そうにうなずいて、ジークは手を振って出て行く。

「また明日、ね」

 何気ない一言でも、おおいに元気づけられることもある。

(また明日、か)

 心の中でジークの言葉をもう一度繰り返して、ティルティスはそでをめくる。

「さて、もうひとがんばりだ」

 元気を分けてもらったから、今度はそれをみんなのために使わなくては。

 ティルティスは書類と格闘の続きを始めた。

 ろうそくがじじっと音を立ててゆれた。

 

          

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