第二話 歓迎会の夜
8.
ジークは思いもしなかったことに目をしばたたかせる。 「え、え?」 戸のところで立ち止まっていたジークはゲインに背を押されて部屋の中に入っていく。 見覚えのある七人の顔がそろっていた。 「ジーク。顔を見たこととは思うが、これで第二騎士団全員だ」 「全員……って、え?全員?七人ですか?」 「何言ってんだ。八人目がいるだろ」 耳を疑ったジークにけろりとしてライオットが言う。 「八人目って……え?え?!」 いくらなんでも少なすぎやしないだろうか。 ユークリフトがあははははと軽く笑い飛ばす。 「いやぁ、新しく来て合格が出せてもうちにはなんといっても破壊魔がいるからね。怖がって出て行っちゃうんだよ」 「うっせぇ。そんくらいで出て行くなんて根性ねぇんだよ」 ライオットはすまして答える。 アルベルトが進み出てジークの肩にぽんと手を置いた。 「まあ、そういうわけだ。ジーク、おまえの働きにも期待している。がんばってくれ」 「え、あ、はあ」 まだついていけないジークはぼんやりとしたままあいまいにうなずいてしまう。 「よっしゃ!じゃ、宴だ!宴会だ!」 ライオットが楽しそうに声を上げてジークにほいっとグラスを渡すと、乾杯のためのジュースを注いだ。 「とりあえずジュースな。飲めるなら酒をもらえ。本来は勤務中はダメだけど、今日は特別だ。でも飲みすぎんなよ?」 「え、あ、うん」 「じゃ、乾杯といこうか」 いつも以上ににこにこしているユークリフトが上機嫌に言う。 「かんぱ〜い!」 ちぃんとあちこちでグラスがぶつかる音がする。 ジークはグラスを両手で持ったまま、ぼーと突っ立っている。 部屋の端で同じようにボーっと突っ立っている灰色の髪の長身の男に気づく。 (あの人……) 「ジークくん」 金髪の男たちが寄ってきて、ジークはそちらに顔を向ける。 二人とも同じ顔をした男たちにジークは目を丸くする。こんな人たちいただろうか。 「へ?え?」 「あれ、もう忘れちゃったの?ソールとパトリックだよ」 「え、あ、はい。でも……」 こんなに似ていただろうか。 ソールはおもしろがるように目を細めた。 「言わなかったっけ?ぼくたち、双子なんだよ」 「そうだったんですか?!」 言っていない。 「あのときはばたばたしてたから。ごめんね、ジークくん」 申し訳なさそうな顔で謝る。雰囲気からして、こっちがパトリックだろう。 「あ、いえ。そんな」 「まあ、よろしく頼むよ、ジークくん」 「よろしくね」 ジークと兄もよく似ているといわれていたが、ここまでではない。 同じ顔なのに、すごく変な感じだ。 ジークは言葉もなくこくこくとうなずいた。 「しっかり食べておけよ、ジーク」 赤毛の男が人懐っこい笑みを向けながら寄ってくる。 「ここのメシはうまいんだ。ゲインさんは料理の腕もいいからな」 「ゲインさんが作ったんですか?!」 ずっといっしょにしゃべっていたのに、いつの間に作ったのだろう。 「下ごしらえは全部ゲインさん。んで、今日みたいな場合はおれたちが残りやんの」 「てめえは邪魔してただけだろっ!」 ライオットがずかずかと足音も荒くやってくる。 「なんだと?!」 「ホントのことじゃねぇか。ろくに料理もできねぇで、よくえらそうに言えるな」 「おまえだってなにもしてなかったじゃねえか!」 「オレは向いてねえもん」 (やってないのに文句は言うところは、ライらしいというかなんというか……) こっそりそんなことを思ったことは、ライオットには内緒だ。 ぎゃんぎゃんと言い合う二人のそばから、こっそりとジークは離れた。 はあと小さくため息をもらす。 なんだか非常に疲れる。 「ジーク」 声に顔を上げると、アルベルトが手招く。 ジークはとことことアルベルトの元に歩み寄った。 「なんでしょうか」 「殿下から預かりものだ」 「ティルトから?」 そういえばティルティスの姿は見当たらない。 ティルティスの警護をしているはずの第二騎士団の面々はここにいるのに。 「殿下も来られる予定だったんだが、今夜は陛下につかまって出てこられなかったんだ」 「あ、そうなんですか」 「とても残念がっていた。歓迎会に来られるように、仕事を早く終わらせるんだと息巻いておられたからな」 ティルティスならやってくれそうだ。なんだか簡単に想像がつく。 ジークはくすくすと笑った。 「ティルトらしい」 「そうだな。まあ、殿下のことは心配いらない。今夜は陛下の第一騎士団が殿下の護衛も買って出てくれている。それで、歓迎会に出られないからおまえに渡してくれと預かっているものがある」 アルベルトがふところから細い短刀を取り出す。 黒いさやにおさめられた細い剣の柄には、やわらかな蜂蜜色のかがやきを放つアンバーがはめこまれている。 「で、でもそんな……僕もらえません」 主からものをたまわるようなことを、まだ何もしていない。 アルベルトは小さく首を振った。 「気負うことはない。これは正式に第二騎士団員になった合格祝いだ。みな、第二騎士団に正式に入ったときに殿下からたまわる」 不安そうなジークにアルベルトがこくりとうなずいた。 ジークはそれをうやうやしく受け取って吸い寄せられるように見つめる。 「これを常に携帯しろと、殿下は仰せだ」 「ティルトも、僕が剣を忘れていったことを聞いてるのですか?」 「ああ」 あまりのかっこ悪さに、穴があったら入りたかった。 「さぞあきれていたでしょうね」 「あきれてはいたが、ジークらしいと言っていた」 「僕らしい?」 ジークが怪訝に聞き返す。 エッディフトはよほど平和だったのであろうな、とティルティスは苦笑とともにもらしていた。 アルベルトは片手で口元をおおった。 「懐剣にするといいと言っていた」 ジークは思いもかけないことに頬を紅潮させる。 懐剣は、その人の安全を祈った特別な剣だ。つまり、その人だけの剣。 ジークは感慨深げに剣を大事そうに抱える。 「ティルトが……」 「それくらいならいつでもどこでも持っていけるだろう。今日みたいに武器のない状態で戦わねばならんことは避けねばならん」 「はい」 あのときは先輩たちにこちらを本気で害する気がなかったからかろうじて無事だった。だが、いつもそうはいかない。 ジークはあらためておのれの無用心さを思い知った。 「それは殿下が二週間前に王都の剣匠に作らせたものだ。ものはいい」 すっと剣を抜くと、磨かれた銀色の剣身が鏡のようにジークの顔を映す。 ジークは無言でそれをさやに戻した。 「ありがとうございます」 「それは殿下に言うといい。喜ぶぞ」 「はい」 ジークはそれを大事にふところにしまいこんだ。 「今日はしばらくの間は店を貸切だ。おまえの歓迎会だからしっかり食べておけ」 「ありがとうございます」 ジークはぺこりと頭を下げる。 「そうだ、ジーク。ゲイン殿にあいさつをしておけ」 「あ、はい」 ゲインは元第二騎士団員だというだけで、毎度手伝ってくれているらしかった。 お世話になったのだし、あいさつするのは当然だろう。 ジークは首をめぐらしてゲインを見つける。 「ゲインさん」 歩み寄ってくるジークに気づいてゲインが笑いかける。 「食べているか?先輩たちが多少は手を加えたもんだから、めったにないもんだ。しっかり食べておけ」 「あの、今日は本当にありがとうございました」 「よせよせ、そんなにかしこまるもんじゃない」 ゲインが片手を振ってジークを止める。 「ま、ここは第二騎士団がときおりやってくるところだから、忘れたころにまた顔を見せてくれ。それでいいよ」 「はい」 「ジーク君」 ジークはまばたいて先をうながす。 「おまえさんが守るのは王太子だ。国民は二の次になっちまう。だが、その王太子が国民の命を、生活を守るんだ。つまりはおまえさんたちは大きくみると国民を守っていることになる」 「はい」 「その国民の延長線上に、おまえさんの故郷の人たちや家族がいる」 「…………」 「大切なものを守れるくらいに、強くなれ」 「はい!」 姿勢を正して、ジークは大きくうなずいた。 ゲインがまぶしそうに目を細めた。 「さ、せっかくの料理が冷めてしまう。今日はあいつらが作ったにしてはましだからな。食べておいで」 「はい。では失礼します」 ジークは軽く会釈をして、きびすを返す。 「今度の新入りは、えらく素朴なやつだな。なあ、ルート」 いつのまにかそばに立っていたアルベルトがゲインのグラスに水を注いだ。 「ええ。殿下の顔を知らなかった男です」 「殿下の?!これはまた……」 「伯爵の愛息子ですよ」 「聞いてるぞ。もうひと悶着あったんだってな。だれだったか……ああ、テーヌ子爵か」 「ええ。殿下の離宮が崩壊しました」 「それはまた派手だな。ライオットの後輩なだけはある。ということは、第二騎士団にとっては三人目の術士か」 「ええ」 中央のテーブルではジークがクロスに何かを話しかけてた。おもむろに手を出したクロスにジークはがしがしと頭をなでられている。 戸惑うジークを見て、ライオットが笑っている。そのほかの面々からも明るい笑い声がひびいている。 「かわいい弟分か」 「まだまだですが」 「みんな最初はそうさ。わからんぞ、あるいはすごい人物になるかもしれない」 「そうですね」 未来はだれにもわからないがゆえに、だれもがみな未来を目指して歩いて行く。 平凡な石ころに見えても、内にはすごい原石を秘めているのかもしれない。 「新たな騎士に幸あれ」 ゲインのグラスとアルベルトのグラスがチィンと高い音を鳴らした。
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