第二話 歓迎会の夜
7.
手に取った手紙を、ジークはそっと封を切る。入っていた紙を取り出して、ジークはかさりと開いた。
恒例の新入団騎士の試験を行うこととする。 ついては、今回の試験も貴殿の協力を仰ぐものである。
試験者 ジーク・ゼオライト 採点者 ゲイン・ボードレール
貴殿の協力に感謝する。 ティルティス・セルエスタ・エセルヴァーナ 第二騎士団長 アルベルト・バーンズ
簡潔に書かれた手紙を見て、ジークは顔を上げる。 なぜこの男が協力することに決まっているのだろう。それも、絶対に協力するはずだと言わんばかりだ。 ジークはうかがうようにゲインを上目遣いに見上げる。 「あの……」 「おれはね、元第二騎士団の騎士だったんだ」 ジークの問いを予想していたゲインが先回りで答える。 「第二騎士団の?」 「そう」 ゲインは寂しそうに笑うと、杖に手をかける。 「おまえさんも見てわかったとは思うが、おれは杖なしではもう歩けない」 ジークは口をかたく引き結ぶ。 騎士にとって、腕も足も大事な商売道具だ。歩けなくては、剣を振るえなくては騎士たりえない。 なぜそんなことになってしまったのか。 とても聞けるような雰囲気ではなかった。 「だから引退したんだ」 「…………」 「すまんね。どうも年をとると愚痴っぽくていけない」 ゲインは杖から手を離し、コーヒーを飲んだ。 「まあ、第二騎士団には試験があるんだよ。第二騎士団にふさわしい騎士かどうか、たしかめるために」 「近衛ですからね。あってもおかしくはないのかもしれません」 ジークはまじめな顔で受け答える。 「ま、そう言ってくれると助かるが」 ゲインはテーブルの上で手を組んだ。 「これを作ったのは先々代の第二騎士団長でな。騎士として、人として近衛にふさわしいかどうか、毎回手を変え品を変え、新しく入るやつは試されているのさ」 「はあ」 「第二騎士団は、次の王に仕える騎士団だ。つまり、王太子が王になったとき、武官として王の側近中の側近衆になるわけだ。私利私欲に走るようなやつを王のそばにおくわけにはいかない」 「そうですね。でも、試験でふるい落とすなら、第二騎士団は人数が足りないのではないのですか?」 今のところ会った第二騎士団員は七人だ。 こんなに少なくてティルティスを守れるのだろうか。 「まあ、その分少数精鋭だ。王になったときには、前の第一騎士団はそのまま残るからな。第二騎士団が上について、その下に元第一騎士団がつく。全員退役させるわけにはいかないからな」 「そうですね」 「だから決して殿下に人気がないわけじゃない。そこのところは安心してくれていい」 たしかに、王が代わるたびに騎士団員を総入れ替えするわけにはいかないだろう。 「前のときとて、試験をくぐり抜けたやつらばかりだからな。だがもっとも近くにいるのは元第二騎士団の人間ということになる」 ジークはうなずきながら腑に落ちないものを感じていた。 人は変わる。 良くも悪くも。 いつまでも変わらない人などいない。 そのとき、どうなるのだろう。 ジークの納得していない顔を見て、ゲインがふっと笑った。 「おまえさんが心配していることももっともだな。ま、そんなことにはならないのが一番だが、そういうときは……」 ゲインはまつげを伏せる。 ジークはきゅっと口を結んだ。 「いいえ、やっぱりいいです」 ジークはきっぱりと言い切る。 ティルティスを裏切るようなことは、ぜったいにない。仲間を疑うようなこともしたくない。 ジークは、故郷の代表としてここにいる。 ジークからそむくようなことはありえない。 ありえないことは、聞いても聞かなくても同じだ。 「つまり、これは手紙を預かったところから試験だったんですね」 「そうだ」 ジークはすんなりと納得できた。 ライオットとティルティスの様子がおかしかったのはこれか。 ジークはごくりとつばを飲み込んだ。 「それで、僕はどうだったんでしょうか」 「制服で道を歩いて民をおどろかせたこと、王都に出るのに帯剣しなかったこと、先輩の助けを借りたこと、この三つは大きなマイナスだな」 王都の人々が変な顔をしてジークを見ていたのはおどろいていたのか。 ジークは初めて気づいた。 「はい」 「だが、民を傷つけないように話し合いで解決に導こうとしたこと、困っている者を見捨てなかったことは評価に値する」 「ありがとうございます」 ゲインは腕組みをしてちらりとジークをいちべつした。 「ま、及第点だろう」 「ほ、本当ですか?!」 ジークは思わず顔がほころぶ。 「だが、剣を忘れるなんて、騎士として致命的だ。次からは許されないからな」 「は、はい!」 びしりと背筋を伸ばして答えて、ジークはほっと息をついた。 第二騎士団をクビにはならなかった。 これで故郷に顔向けできる。 ジークは胸をなでおろした。 「最後に聞いておこう、ジーク・ゼオライト」 ゲインのまじめな声に、ジークはもう一度背筋を伸ばす。 「はい」 「おまえさんは、なぜ騎士になった。なぜ剣を振るう?」 「それは……」 役に立ちたかったから。 守られるだけではなく、守るようになりたかったから。 ずっとジークを守ってきてくれた、父や兄のように、ジークも大切な人たちを守りたかったから。 なんと言えばいいのだろう。 うまくまとめられない。 ジークはかわくくちびるを何度もなめる。 「大切な人たちを、守れるようになりたかったからです」 ジークはゲインの目をまっすぐに見た。 「僕は、郷里でもずっと守られていました。家では父や兄、母に。騎士団に入ってからは先輩たちに。みんなよくしてくれました。でも!僕だってみんなの役に立ちたい」 守られるだけではなく、守ってあげたい。 まだまだ父にも兄にも、母にも及ばないし、先輩たちは言うに及ばないだろう。 だが、いつかは――― 「それが、僕が剣を選んだ理由です」 ジークの視線を受け止めて、ゲインは口元をほころばせた。 「いい目だ」 ゲインは杖をとる。 「見届けてやろう。よくはげめよ」 「はい」 前にティルティスにも言われた言葉だ。 真摯にうなずくジークに満足そうにうなずいて、ゲインが立ち上がる。 「さ、そろそろ時間だ」 「え?」 ジークはきょろきょろと部屋を見回す。 壁にかかっていた時計は短い針が数字の5を指していた。 「もうこんな時間」 「行こうか。おまえさんの先輩たちが待っている」 ゲインがこつこつと杖をついて歩いて行く。 ジークはその後を追っていく。 「ジーク君、ついでにもう一つ言っておくと、先々代からこの試験が残っているのは、たぶんきみが受け止めた意味とはちがうと思う」 「え?」 ジークは言われた意味がわからなくて聞き返す。 「どういうことですか?」 「おそらく、おまえさんは一生思いもしないことが理由だ」 ジークがぱちぱちとまばたく。 そう、かつての先輩たちが第二騎士団にそんな試験を残している理由はただ一つ―――おれも苦労したんだから、後に来るやつも苦労しろ!ということだ。 「おまえさんには一生縁がないよ」 「はあ」 ジークはよくわからなくて生返事を返す。 ゲインが店へのとびらを開けようと手をかけようとして、手を離して振り返った。 「ジーク君、先に行きたまえ」 ジークは不思議に思って眉をひそめたが、 「はい」 ゲインの横をすり抜けて、ノブに手をかける。 戸を開けると、ぱんぱんっとあちこちから大きな音がして同時にジークに向けて紙吹雪が撒かれる。 「合格おめでとう、ジーク!ようこそ、第二騎士団へ!」 紙吹雪の向こうに、黒い制服をきっちり着込んだ先輩たちがにっこりと笑いながらクラッカーを手にしていた。
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