第二話 歓迎会の夜 

 

6.


 

「クロス・フィリックスだ」

 長身の男が淡々と言った。

 赤毛の男はにこっと人懐っこい笑みを浮かべた。

「おれはサーフィス・バルクロウ。悪かったな、ジーク」

 甘い顔立ちの金髪の男は前髪をかき上げた。

「ぼくはソール・アシュフォード。こっちは弟のパトリックだ」

 となりに立つ小汚い格好の青年を示す。

 パトリックがぺこりと頭を下げた。

「あ、はじめまして。僕はジーク・ゼオライトと申します」

 ジークも四人を見て頭を下げた。

「ま、そう硬くなることないぞ。どうせまた後で会うんだし」

 ライオットが腕組みをしながら言う。

「あ、そういえば夜に紹介してもらえるんだったっけ」

「そうそう。別に今紹介することはないんだ」

「別にいいじゃねえか。名前くらい知ってもらったってよ」

 ライオットの言いように赤毛のサーフィスがむっとする。

「へえへえ」

「ったく、ほんとにライはかわいくねえよな」

「別にかわいがってもらいたいなんてこれっぽっちも思ってねぇもん」

「ふ、二人とも、ジークくんの前だよ?そういうのはよくないよ!」

 パトリックがあわてて二人をなだめるが、二人ともこれっぽっちも聞いちゃいない。

 サーフィスが灰色の瞳でライオットを見下ろす。サーフィスの強みはライオットよりも背が高いところだ。

「だからおまえって嫌いなんだよ」

「そりゃうれしいね!オレもうるさいあんたは嫌いだし」

「なんだとっ?!」

「ライ。その態度はよくない」

 クロスがいさめると、ライオットはチラリと見上げてふんっとそっぽを向いた。

 ジークはライオットが言うことを聞く相手は団長とティルティスだけなのかと思っていたため―――よくよく考えるとどちらに対しても聞いていないときもあるが―――おどろいて目を丸くした。

「まあまあ。ジークくんがびっくりしてるじゃないか」

 ソールが間に割って入って、ライオットとサーフィスを引き離す。

「ごめんね、ジークくん」

「いいえ」

「今きみの質問に答えてもいいんだけど、まあ、詳しいことは向こうで聞けるから。とりあえずきみはきみの仕事を終わらせてきてくれないか?」

 ソールが緑色の瞳をなごませる。

 ジークははっと思い出す。

 そういえば、ティルティスに頼まれた手紙を届けてくるはずだったのだ。

「そうでした!」

「店はここからすぐのはずだから」

「はい」

「じゃあ、また後でね」

「はい。では失礼します」

 ぺこりと頭を下げてジークは再び細い路地を歩いて行く。

 その背を見送っていた先輩たちは顔を見合わせた。

「ライ、試験に介入するなんて規則違反だろう」

 ソールがライオットに冷たい視線を送る。

 ライオットはがしがしと金髪をかきまぜる。

「だってよ、先輩たち相手にジークのやつ剣もなかったんだぞ?いくらなんでも不利すぎるだろ」

「まあ、そこはぼくたちもおどろいたけれど」

「でも、見捨てて逃げたりしなかったし、武器のない状態であれだけ避けてくれたし、合格なんじゃないかな?」

 パトリックが仲間たちの顔色をうかがう。

 双子の兄とそっくりな容姿なのに、性格は正反対だ。

 そこはティンターナウ公爵家の兄妹によく似ている。

 サーフィスが頭の後ろで手を組んだ。

「けどさ、闘争心なさすぎ。相手が武器持っておそってきてんのに、あれじゃいつか殺されちまうぞ」

「で、でもサーフ。ジークくん、騎士として必要なの、ちゃんと持ってるよ?」

 騎士として剣の腕や術の腕があるに越したことはない。だが、一番重要なのは民を守ろうとする心だ。

 その点ではジークは申し分ない。

 パトリックはジークをかばった。

「騎士としちゃな。けど、おれたちは近衛だぞ。殿下を守るのが使命なんだ。あのままじゃあいつ、刺客とかにも慈悲の心をかけそうだぞ」

 優しい心だけではやっていけない。

 それにつけ込んでくる相手だっているのかもしれないのだ。

「優しさを身につけるのは大変だけど、無慈悲になるのはけっこう簡単だから、今後考えていけばいいよ」

 ソールがきびすを返す。

「さ、ぼくらもこんなところでうかうかしてられない。準備がまだだしね」

「へえへえ」

 サーフィスがポケットに手を突っ込みながらその後に続く。

「ま、待ってよ」

 パトリックが走っていこうとして、ふと立ち止まる。

「ねえ、ライ、クロス、行こうよ?」

「ああ。先に行ってくれ」

 ライオットが背中を向けたまま手を振って行けという。首をかしげたが、深くは考えずにパトリックは兄の後を追っていく。

 壁の立っていたところを見据えて、クロスが口を開く。

「ライ。ジークはまだ、術のコントロールができないのだろう」

「ああ。術を使ったのは、二週間前の離宮の崩壊のときが初めてだって言っていた」

「力がもれていると?」

「とは考えにくい。そんなんで簡単に使えるようなもんじゃねぇよ」

 思っただけで使えていては、術士は危険極まりない。

 術士は強い精神力と精霊に語りかける力を必要とする。そうそう簡単に使えるようになるようなしろものではないのだ。

「ただ、ジークの場合は今まで住んでいたところが極端に地の精霊の少ない土地だ」

 辺境エッディフトは草原の広がる土地だ。風の精霊の多い土地なのだ。

 王都はすべての精霊がそろう土地だ。今まで枯渇していた精霊が急激に増えたことが原因だろうか。

「極端に相性のいい精霊の少ない土地から移ったからって、爆発的に術が使えるようになるなんて、そんな話も聞いたことがねぇ」

「同感だ」

「とすると、ジークは精霊に語りかける力が強いのか、精神力が強いのか」

 はたまた、別の要素があるのか。

「オレじゃわかんねぇな。ここはやっぱりプロがいてくれないと」

「そうか」

 クロスはくるりと身をひるがえす。

 ライオットはとりあえず難関が過ぎ去ったことにほっと一息ついた。

「がんばれ、ジーク」

 ゴールは目の前だ。


 


 


 

 地図どおりに進んでいったジークは一軒の店の前で立ち止まった。

「ここ、か」

 ジークは店を見上げる。

 《シスアの木》と看板が掲げられている。一見何のへんてつもないふつうの店に見える。

 ジークは深呼吸をして、よしっとつぶやいた。

 からんからんと、とびらにつけられたベルが鳴る。

 店はまだ開店には少し早いらしく、人はいない。

「すみません」

 奥まで聞こえるように声を上げると、かつかつと奥から音が聞こえてくる。

 杖をついた男が片足を引きずりながら出てくる。壮年の男だが、杖をつくような年には見えない。引きずっている足を怪我しているのだろう。

「お客さんかい?まだ店はやってないんだが」

「いいえ、ちがいます」

 ジークは店の中ほどまで進むと、ふところからすっと身分証明証を出した。

「第二騎士団員のジーク・ゼオライトと申します。オーナーのゲイン殿をお願いいたします」

 ジークの提示した騎士徽章を見て、男は自分を指した。

「おれがそうだ」

 杖をついた男はジークの前で立ち止まる。

 ジークはわずかに眉を寄せる。

「申し訳ありませんが、なにかそれを証明するものはございますか?」

 まちがって別の人に渡すなんてことがあってはならない。

 ただの手紙ではなく、ティルティスから預かった手紙なのだ。念には念を入れた方がいいだろう。

 男は満足そうに目を細め、カウンターの裏の棚を指した。

「そこの棚に店の権利書がある。そこに名前と写真が入っている。見比べてくれ」

「では、失礼します」

 ジークはカウンターの棚に手を伸ばし、権利書を開く。たしかに目の前の男の顔が写されている。

 大臣の判が押されているので、偽造はできないものだろう。

 それをもとあった場所に返す。

「たしかに確認いたしました」

 ジークは男のもとへ戻り、ふところから手紙を取り出す。

「失礼いたしました、ゲイン殿。ティルティス殿下から手紙を預かってきております」

「そうか」

 こつこつと、杖をついて男は店の奥へと入っていく。

「おまえさんもおいで」

「はい」

 ジークは男の後を追って歩いていく。

 店の奥の部屋で、男は置いてあったコーヒーのポットを手に取る。

「まあ、座りたまえ」

 ジークは手前のいすを引いてこしかける。

 男がカップにコーヒーをついで、ジークに差し出した。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 ジークはありがたくコーヒーを飲む。

 少しさめかけたコーヒーは熱すぎなくてジークにはちょうどよかった。

「よく来てくれたね。ここがゴールだ」

 ゲインの言葉にジークはカップを置いて、姿勢を正す。

「教えてください。どういうことなんでしょうか。先輩たちは後で聞けとおっしゃいました。あなたは、何かご存知なんですね」

 ゲインは笑みを浮かべたまま、ジークの向かいのいすに座る。テーブルの端に杖をひっかけた。

 じっとゲインを見つめているジークに、ゲインが首をかしげる。

「おれの顔に何かついているかな?」

 ゲインの言葉でジークは失礼なくらいに見ていたことに気づいて、あわてて首を振った。

「いいえ。ただ、その……」

 ジークは言いにくそうに口を閉ざす。

 父よりも少し若いくらいの男に、なんとなく父親に接しているような気持ちを抱いたなんて失礼だろうか。

「すみません、なんでもないんです」

「そうか」

 それほど気にすることなく、ゲインは次の問いに移る。

「おまえさんがここまで来るときの様子は聞いているよ」

 ジークはうつむいてコーヒーカップに視線を落とす。

 剣も持たずに出てきてしまったことも、この男に伝わっているということだろう。

 情けなかった。

 ゲインがテーブルにひじをおく。

「今回のことについて、おまえさんの先輩たちはなんと言っていたのかな」

「第二騎士団の恒例行事だと」

「その通りだ」

 ゲインはジークから受け取ったティルティスの手紙を出してペーパーナイフとともにジークに差し出す。

「読んでごらん」

「え、でも……」

 これはティルティスから預かった、ゲインへの手紙なのに。

 ゲインは首を振った。

「いいから、読んでごらん」

 ジークは手紙とゲインを見比べて、そっと手紙を手に取った。

 


 

 

          

C) Copyright Yuu Mizuki  2005-2008.  All  rights  reserved.