第二話 歓迎会の夜

 

5.


 

 気を取り直して、ジークは男たちを見回す。

「ご自分たちが何をなさっているのか、自覚はおありですか?」

「白昼夢は見ていないつもりだけれどね」

「目的は、お金なのですか」

「ほかに何に見える?」

 金髪の男がふっと笑う。

 金に困っているようには見えないが、あって困ることはないということだろうか。

「では、なぜこの方を狙ったのでしょうか」

「たまたま通りかかったから、かな」

「失礼ですが、この方はどう見てもそうお金があるようには見えません」

 そりゃそうだな、と小さく赤毛がつぶやくのが聞こえた。

 小汚い格好の男は王都でもはしのはし、俗に言う貧民街に住む者のような姿だ。といっても、ジークは見に行ったことはないので、伝え聞いた限りの話だ。

「持っていないことがわかっていても、襲われるのですか?」

「来たのが運の尽きだろう」

「そんな言い方……」

「とにかく、怪我したくなきゃ金を出せ」

 赤毛の男が剣先を突きつけて催促する。

 ジークは眉尻を下げる。

「すみませんが、まさかお金がいるとは思っていなくて、財布は持ってきていないんです」

「マジかよ?!」

 赤毛が信じられないものでも見るような目で叫んだ。

 浮かれて剣まで置いてきてしまっているのに、財布など頭にも浮かばなかった。

「ありえねぇ」

 ふるふると赤毛が頭を振る。

「外に出るのに、財布も持たねえのか?」

 困ったジークは苦い笑いを浮かべる。

 故郷にいたときは、必要なものは家から寮まで送られてきていた。自分で買う必要がなかったのだ。

 だからこそ、財布を持ち歩く習慣がジークにはなかった。

 信じらんねえ、赤毛がかすれた声でつぶやいた。

「一応、僕も騎士団員の端くれですから、剣を向けられた以上、このまま逮捕もできます。ですが、今なら見逃してさし上げてもいいです。どうぞ、剣を収めてください」

 騎士団員に剣を向けるのは公務執行妨害だ。それも近衛騎士ともなれば、王族に剣を向けるにも等しい行為とされる。

「戦えないのに、そんな優位な立場にあるとお思いで?」

「できれば、戦わずにすむ道を探しましょう」

 赤毛の男が不思議そうな顔で、長身の男はだまったままジークを見下ろしている。

 金髪の男はやりにくそうに顔をしかめる。

「た、助けてください!」

 それまでだまっていた小汚い男が座ったままジークの腰にがばりと抱きついた。

「うわっ!」

 身体ごと抱きついてきて倒れそうになるのを、かろうじてジークは受け止める。

「騎士さま、助けてください〜」

「いや、そのつもりですが……」

 泣いているのか震える声で言う男があまりにもあわれだ。

 ジークはなだめるようにとんとんと背中をたたいた。

「落ち着いてください」

「おい、剣を持ってる相手を無視するなんて、ほんとにいい度胸だな」

 赤毛がとんとんと剣の背で肩をたたきながらあきれかえる。

 男の背に手を置いたまま、困ったようにジークはチラリと道の向こうを見やる。

 なぜかこういうときに限って人ひとり通らない。

(なんで巡回も来ないんだ?)

 王都警備の第三騎士団が巡回をしているはずなのに。

「この時間は巡回の交代時間なんだ」

 ジークの考えを読み取ったように金髪が答える。

「待っているのかもしれないけど、来ないよ」

「それは、だれもが知っていることなのですか?」

「人によってはね」

(困ったな)

 巡回が期待できない以上、なんとか等価交換にもっていきたい。

 だが今日に限って金目のものなど何も持ってきていない。彼らが喜びそうなものなど何もない。

 持ってきたのは地図とティルティスの手紙と身分証明証だ。どれも彼らは喜びそうにない。

「あ〜もうっ!おれはまどろっこしいことは嫌いなんだ!」

 赤毛の男は短気らしい。

「手っ取り早くやっちまえ!」

 赤毛の男が剣をなぎ払う。

 条件反射でしがみついていた男を安全な自分の背後へと突き飛ばすと、ジークはそのまま剣先を避ける。

 そのまま剣を振るう赤毛の男は手馴れている。剣をよく扱う人間なのだろう。

 かろうじて紙一重で避けながら、ジークはざっとあたりに目を光らせる。

 なにか、剣を受け止められそうなものは落ちていないだろうか。

 あいにくと、何も落ちてはいなかった。

「よそ見してる場合かよ」

 ひゅんひゅんと赤毛の男の剣が風を切る。

 やっかいなのはそれとからめるようにして灰髪の長身の男と金髪の男も剣を突き出してくることだ。

 後ろへ後ろへと下がりながらジークはこの場をしのぐ方法を懸命に考える。

 軽快に足をさばいて避けるジークを三つの剣が追う。

 ジークは額の汗が頬を伝うのを感じる。

(なぜ……?)

 ジークは三つの剣の筋を予測しながらふと思う。

 三本の剣は組んで戦うことに慣れている。これはわからないでもない。

 だが、ジークがかろうじて避けられるようにほんの少し間をおいて次の攻撃が来るのが解せない。

 これではまるで、故郷で父や兄、先輩の騎士たちにきたえられていたときの打ち合いに似ている。

「邪魔だ、どけっ」

 赤毛の男が小汚い男をどんっと突き飛ばす。

 ジークの視線がそこへと向けられる。

「何をなさるんですか!」

「そんなこと言ってる余裕があるんですか?」

 金髪の剣がジークの前髪をかすって薄茶色の毛が数本舞った。

 足元に転がっていた石につまずいて、ジークはしりもちをつく。

 はっと顔を上げると、剣を振り上げた長身の男の姿があった。

 ジークの目が逆光の中に立つ長身の影に釘付けになる。

「ジーク!」

 かけられた声にはっと我に返ってジークは地面を転がって剣を避ける。ふわりと、ほんのり緑の匂いがした。

 と同時にジークのいたところに唐突に石壁が地面から立ち上がり、男の剣が石壁にめりこんだ。

 がきんと鈍い音がして、男の剣が石壁に吸い込まれるように突き刺さって抜けなくなる。

 ジークは壁におどろくと同時に聞き覚えのある声にあたりをきょろきょろと見回す。

「ライ?」

 男たちの後ろからライオットが走って現れる。その手にはジークの剣がにぎられていた。

「ったく、忘れんなよ!」

 ひゅっと投げられてジークはさやに収められた自分の剣を手にする。

 ライオットは腰に手を当てて四人の男たちを見回す。

「もうやめろって、先輩たちも」

「先輩?」

 ジークはぱちぱちとまばたいた。

 立っている三人の男たち、それに座り込んでいる小汚い格好の男もばつの悪そうな顔でライオットを振り返った。

「ライ」

 金髪の男がじろりとライオットをにらみつける。

 ライオットはずかずかと三人の男たちに近づいていく。

「ジークは剣も持ってないのに、試すも何もないだろ」

「王都に出るのに持ってこないなんて、思いもよらなかったんだよ」

 赤毛の男が剣をさやにおさめながら言った。

 金髪の男も肩をすくめた。

「しかも徒歩だ。まさか制服着て地図を広げながら歩いて行こうとするなんてね。彼の姿を見たときにはさすがに目を疑ったよ」

「ジークはそういうやつなんだよ」

 話題についていけないジークの頭は男たちとライオットの言葉が通り過ぎていく。

「ライ、どういうこと?」

 金髪の男は座り込んでいた小汚い男の腕を引いて立ち上がらせてジークに振り返った。

「悪かったね、ジーク・ゼオライト。これも第二騎士団の恒例行事なんだ」

「はあ。恒例行事、ですか」

「ま、要するに使えるやつかどうか、ちょっと試してやろうっていうことだ」

 赤毛の男が腕を組んで壁にもたれかかった。

「悪かった」

 灰色の短髪の長身の男は短く言うと、壁にささったままの剣に目を移した。

「それで、これはどうやったら抜けるんだ?」

「え?」

 ジークもそちらに目を移す。

 とても刺さるとは思えないくらいに深く、剣は石壁に突き刺さっている。

 男がさきほどからぐっと力を入れても抜けない。

「ジーク、術を使ったのか?」

 ライオットの問いにジークはぶんぶんと首を振った。

「まさか。使えないよ」

「だよな。お前にコントロールできるとは思えないな」

 ライオットは石壁に近づいてそれをためつすがめつ観察する。

 うんとうなずいて、ジークを振り返った。

「おいジーク。ちょっとこれ、抜いてみろ」

「え?なんで?だって」

 チラリと長身の男を見上げる。

 ジークよりも大きな男が力をこめて抜こうとしても抜けなかったのだ。

「先輩でも抜けなかったんでしょう?僕じゃ抜けないよ」

「いいから早く」

 ライオットはあごで命じる。

 ジークはしかたなく石壁に近づくと、剣の柄に手をかける。くっと力を入れるまもなくまるでゼリーの中から抜き出すように剣はずるりと抜けた。

 重い剣の先が地面をけずる。

「あれ?」

 拍子抜けしたジークはぱちぱちとまばたく。

 石壁は剣が抜けるとすうっと消えていった。

 ライオットはすっと目を細める。

「ありがとう」

 男がすっと手を出したので、ジークは剣を持ち替えて柄を差し出す。

「どうぞ」

 こくりとうなずいて、男はそれをさやにおさめた。

 ジークはその場に立つ男たちを見回して、

「それで、結局どういうことなのか、ちゃんと説明してください」

 有無を言わさぬ声で訊ねた。

 

 

          

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