第二話 歓迎会の夜

 

4.


 

 ばたばたと走って部屋に駆け込んできたジークに部屋にいたライオットがおどろいて顔を上げた。

「あれ、おまえティルんとこに行ったんじゃなかったのか?」

 今日は午後からの出勤のライオットはのんびりと着替えているところだった。

 ジークは興奮しながらライオットに近づく。

「聞いてライ!僕、ティルトに仕事を頼まれちゃった!」

「は?」

「仕事だよ!僕に頼むって!手紙を届けてくれって!」

「あ〜……」

 ボタンをとめていたライオットの手が止まった。

「どこって?」

「王都にある店に。えっと、《シスアの木》っていう店のゲインさんに」

「で、場所はわかるのか?」

「あ……」

 すっかり失念していたことを思い出させられ、ジークは固まった。

「んなことだろうと思ったぜ」

 ライオットはため息を一つもらして、机の上にある本を一冊抜き出して開く。

 はさんであった紙を取り出して、ジークに近寄った。

「いいか。王城がこれだ。で、その《シスアの木》っつうのは、ここだ」

 地図をのぞきこみながら、ジークがつぶやく。

「意外と近いね」

「地図だとな。けど、おまえはまだ王都を歩いたことがないんだろう?余裕をもって行けよ?」

「そうだね。夕方までには帰ってこないといけないし」

「地図は貸してやる。いいか、王城の門がこれだから、こうやってこうして行くんだぞ」

 ライオットは地図の上を指でたどる。

「わかってるよ。僕だって地図くらい読めるよ」

「ならいいんだが」

 ライオットはあっさりと引いて、地図から手を放す。

 ライオットのたどった道を指でもう一度たどり、ジークはひとつうなずいた。

「うん。だいじょうぶ」

「じゃ、行って来い」

「うん。行ってくる!」

 ジークはばたばたとまたあわただしく部屋を出て行く。

 ぽりぽりとほおをかいて、ライオットは顔をしかめた。

「だいじょうぶかなぁ」

 着替え終わってふとジークの机を見たとき、そこに立てかけてあるものを見て、ライオットは目を点にした。

「あ」


 


 


 

 ライオットのくれた地図を見ながら、ジークは王都を歩いていた。

 きれいに整えられた道は、人と馬車とが決められた道を走っている。歩道にあたる部分を、ジークはゆっくりと歩いていた。

「やっぱりきれいだな」

 町並みを見回しながら、ジークはぽつりとつぶやく。

 立ち並ぶ家々は外観の良いものばかりだし、店にしても人々でにぎわっている。故郷の市や道中で寄った町の市場とはまたちがった雰囲気が目でおもしろい。

 ただ気になるのは、人々の視線が突き刺さるように見てくるということだろうか。

「僕、何か変なのかな」

 ジークは複雑な顔で地図と道とを交互に見やる。

 道がわからないのは、旅人だけでなく住んでいる人間でもこれだけ広いとあることだ。

 だが、王城の、それも王族付きの近衛騎士が徒歩で王都を歩いている光景は、はっきりいって変だった。

 何が人々の注目を集めているのかに気づいていないジークは首をかしげるばかりだ。

「あ、ここを右か」

 ジークは通り過ぎそうになっていた細いわき道に入っていく。

 路地裏に続いているらしい細い道は暗く、人もほとんど見当たらない。しかし通り抜けのための道として使われているのか、道自体はきれいだった。

「ええと……こうしてこうしてこうやって来たから、この次は」

 ジークはなれない地図を格闘していた。

 ぶつぶつと独り言を言うその姿はだれかに見られたら通報されかねなかったが、さいわいなことにこの道は人通りが少なかった。

 地図と顔を突き合わせ、眉間にしわを寄せる。

「おい」

「こう行きたいから、次を左に……」

「おいって」

「あれ、ちがうかな?左じゃなくてまっすぐで……」

「無視かよ!おいっ!」

 自分の世界に入り込んでいたジークはぴたりと立ち止まってくるりと振り返る。

「はい?」

 新聞を読んでいるお父さんのように両手で地図を広げているジークの目に、三人の男が入ってくる。

 派手な赤い髪の男と金髪の男、それに長身の灰髪の男が座り込んでいる小汚い格好の男を取り囲んでいた。

 どう見てもたむろしているヤンキーといった感じだ。あまり関わり合いになりたくないタイプの人間と見て、ジークはわずかに眉をひそめる。

 だが、民を守るのも騎士の務めだ。一瞬にして笑顔を貼り付けて声をかけた。民を不安にさせてはいけない。

「なにか、ご用でしょうか」

「……む、無視して行こうなんざ、いい度胸じゃねえの、騎士さまよ」

 赤い髪の男が気を取り直して口を開く。

「はあ、すみません。慣れないもので地図に集中していたため、気づきませんで」

「へ?」

「僕、王都には来たばかりなので道がわからなくて」

 借り物の地図を汚したら、ライオットに何を言われるかわからないし、汚して返したくはない。手早く地図をたたんで、ジークは上着のポケットにしまいこんだ。

「それで、僕に何かご用でしょうか」

「え……」

「呼んでおられたのですね。気づきませんですみません。ですが、僕は急用がありますので、手短にお願いします」

「ちょ……」

「何か困りごとでしょうか。もしかしたら、僕で力になれるやもしれません。どうぞ、おっしゃってください」

 赤い髪の男はあっけにとられてジークを上から下まで眺めている。

「な、何ができるってんだよ?」

「わかりません。ですから、何かお困りですかとお聞きしています」

 それまでだまって横に立っていた灰色の髪の長身の男がぬっと出てくる。

 ユークリフト並みの高さの男に、ジークは首を後ろにそるようにして見上げる。

「剣が、ないようだが」

「え?」

「本当だね。騎士さま、剣はどうなさったので?」

 金髪の男も長身の男の反対側から出てくる。

 座り込んでいた小汚い男はこの間にとばかりにずりずりとジークの方に移動、もとい避難してきている。

 それを視界の端にとめながら、ジークは金髪の男に視線を移す。

「巡回の騎士さまは剣を必携と聞いておりますが」

「え、ああ、そうでしたね」

 すっかりそんなこと忘れていた。

 そういえば故郷でも巡回の場合には剣をたずさえて出ていた気がする。

 王城から出ることがなく、このところ雑用ばかりだった。王侯貴族の前に出るときには護衛の場合以外には帯剣を許されないため、すっかり持ってくるのを忘れていた。

(っていうか、ライ教えてよ〜!)

 出る前に顔を見せてきたのに、ライオットはそんなこと一言も言ってはくれなかった。

 というか、そんなに抜けているとは、ライオットも思ってもみなかったのである。

「お持ちでないので?」

「あ〜と……じゅ、巡回ではないので」

 自分でも苦しいいいわけだと思った。

「ふうん」

 金髪の男がその緑色の目を細めたように見えた。

「まあ、ふつうはあなたのような近衛騎士さまに、剣を向けようなどという不届き者はいないでしょうね」

「そ、そうでしょうね」

「でも、ふつうじゃなかったら、どうなさるおつもりです?」

 へ、とまぬけな声を上げたジークに、金髪の男がすらりと抜いた剣を向ける。

「そこの貧乏人なんかより、あなたの方がよほど金目のものを持っていそうだ。身ぐるみはがさせてもらいましょうか」

「ええっ?!」

 ジークがおどろいて身をそらせる。

 少し遅れて残りの二人もなし崩し的に剣を抜いた。

(どうしよう)

 ジークはふだんあまり使わない頭をフル回転させてどう切り抜けようかと考える。

 剣がない。

 術もまともに使えない。

(ここは、逃げるしかない?)

 近衛騎士が悪漢から逃げるなど、この上なく不名誉かもしれないが、体術にも自信がない以上どうしようもない。

(でも……)

 チラリと視線を動かすと、視界の端、おびえるように男たちを見ている男の姿が目に入る。

(見捨てられない)

 きゅっとジークはくちびるをかんだ。

 

          

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