第二話 歓迎会の夜 2.
ノックの音に、ティルティスは顔を上げた。 「だれだ?」 「俺です」 耳になれた声に、ティルティスは口元に笑みを浮かべる。 「入れ」 かちゃりとドアを開けて、黒髪の男が入ってくる。 黒い髪に黒い瞳、黒い制服と上から下まで黒いイメージの男は静かな瞳をティルティスに向けた。 「どうしたんだ、ルート」 愛称で呼ぶ王子に、アルベルトは少年の執務机まで歩み寄る。 「明日の夜、ジークの歓迎会を行う」 二人だけのときのそっけない言い方だが、ティルティスは気にしない。 それよりも気になることを耳にして、聞き返した。 「ジークの?もしかして……」 「ああ。第二騎士団恒例の、あれだ」 「またぁ?なんでまたそんなもの、恒例にして残してるんだか」 アルベルトは賢明に口をつぐむ。 「やめなよ。ほかの騎士たちはまだしも、ジークがかわいそうだ」 「特別扱いはしない。ジークはすでに俺たちの仲間だ」 「それは、わかってるよ」 「とにかく、そういうことだ。これを頼みたい」 アルベルトが一枚の紙を差し出す。 ティルティスはいやそうにその紙に視線を落とした。 「俺は、反対だ」 「さっき聞いた」 「やめる気はないのか」 「それも言った」 深く深く、ティルティスはため息をもらした。 言い出したことは絶対に曲げないのは、頑固者ぞろいの第二騎士団らしい。 (俺の騎士のはずなんだが) 必要にさしせまられなければ、主に逆らう、不届き者の集団でもある。 ティルティスは遠い目をした。 「わかっていたさ」 「何を?」 「こっちの話」 ティルティスは差し出されたままの紙をつまむようにして受け取った。 「わかった。受け取った」 「ありがたい」 話は終わりとばかりに、アルベルトは部屋を後にしようとする。 「ルート」 小さな主の呼び声に、立ち止まったアルベルトが振り返る。 「何か?」 「ジークの様子は、どうだ?」 心配そうな主の様子に、アルベルトは少し表情を和ませる。 「よくやってくれている。ここに馴れようと必死だ。特に、来て早々あんなことがあったからな」 「ああ、あれか。ライのことで馴れているから、城の連中もいちいち気にしたりはしないのに」 「まあ、今のところは何も問題はなさそうだ。あれでライオットもちゃんとジークを見てくれている」 「そうか」 ほっと息をついて、ティルティスは念を押した。 「お手柔らかにな。ジークは、その、今までの第二騎士団の騎士たちとは少しちがうから」 「……わかってる」 「本当にわかってるのか?」 部屋を出て行く団長の背中を見ながら、ひとりつぶやいた。
部屋に帰ってきたジークはふうっと小さくため息をもらした。 「おい。帰って早々、景気の悪いもんもらすな」 すでにラフな格好に着替えていたライオットがとびらの前に立っているジークに眉をひそめた。 「ごめん」 「そんなに気に病むなって。ま、ティルの離宮は壊れちまったけど、もう建て直しも着工してるし、新しくなっていんじゃね?」 本人がいたら怒る幼少時の愛称を呼んで、ライオットはこともなげに言う。 「だけどさ……」 「ジークは気にしすぎ。ある意味おまえのおかげで国庫もうるおったんだ。ティルだって、多少は目をつむるさ」 ベッドで転がりながらライオットは雑誌に視線を落とす。 「着替えろって。今日は夜勤ないんだろ?」 「うん」 いつまでもとびらの前に立っていてもしかたがない。ジークは自分のクローゼットの前に立つと、のろのろと着替え始める。 「気がちいせぇな。オレなんか少し前まで毎日あんなかんじだったけどな」 「ライは特別だと思う」 さりげない暴言も、後輩ならかわいいのかライオットはさらりと流してくれる。 「あ。そうだ」 ライオットは起き上がると、机に載せていた小さな封筒をジークに差し出した。 「おまえに。手紙」 「え?」 ボタンをはずしていたジークはけげんに振り返る。 そのまま上着だけ脱いでベッドに置くと、ライオットに近寄る。 「おまえ、前に手紙出してたじゃねえの。親父さんじゃねえの?」 ライオットがにっこり笑いながら手紙を渡す。 受け取った手紙をひっくり返したジークはぱあっと明るくなる。 「父さんからだ!」 子どものように目をかがやかすジークを見て、ライオットはほほえましそうに目を細めた。 先輩らしい態度でもって、ベッドにかけてもどかしそうに手紙の封を切るジークを見守っている。 開いた手紙を目で追っていくジークにくすりと笑って、ライオットはふたたび雑誌を読み始める。 しばらくしんと部屋が静まり返り、ライオットは邪魔しないように静かにページをめくる。 しばらく読んでいると、かさりと手紙を折る音がして、ライオットは振り返った。 「なんて?」 「怒ってた」 「ああ、そういや勝手に飛び出してきたんだって言ってたな」 「一応手紙は置いてきたよ。それに、ちゃんと父さんとも兄さんとも話し合ったはずだし。この間の手紙でも謝ったのに」 「ま、大事な息子が勝手に出て行きゃ怒るだろうさ。それだけ心配してんだよ」 「わかってるけど……」 ジークは困ったように眉根を寄せる。 出てくる前まで父も兄も、そして母も心配していた。 それを王城で受理されたんだから、と言いくるめて出てきたのはジークだ。 「怒ってただけじゃないだろ?」 「年に数回、休みを取れるようかけあうから、帰って来いって」 「ふうん。ま、あの伯爵なら意地でも通すだろうな」 なんといっても、陛下すら気を遣う相手だ。 「なんにしろ、よかったじゃねぇの。ひまができたら、また返事を出せよ?」 「うん」 うれしそうに手紙をしまいながら、ジークがうなずく。 本当は、辺境の貴族の子弟が中央から手紙を出すときには必ず検閲が入る。念には念を入れて、反乱の芽を早いうちにつみとれるようにである。 (ま、これならいちいち言わなくてもいいだろ) はっきり言ってそんな水面下の駆け引きができるようには見えない。良くも悪くも素直で、思っていることが顔にも態度にも出る。出したとしても、せいぜい近況報告くらいだろう。 ジークに限ってありえないし、伯爵に限ってジークの不利になるようなことをするとも思えない。 (聞いてあんまり気分のいいもんでもないしな) ライオットは心の中でつぶやいて、からかうようににやりと笑う。 「もうホームシックか?」 「そんなんじゃないよ」 「のわりにゃ、さみしそ〜な顔してるぜ?」 「ライの意地悪」 ふんっとそっぽを向くジークに、意外なほどに優しい声でライオットが続けた。 「別にふつうだろ。今までずっといっしょだったんだ、さみしくてあたりまえだ」 「ライ……」 「で、オレに感謝しろよ?オレがいるから、おまえ一人の部屋じゃないし、気を使う必要もないわけだ。オレのおかげでさみしくないだろ?」 「……ちょっとでも感動した僕がバカだったよ」 半眼でにらみつけて、ジークはころりとベッドに横になった。 白い天井をじっと見つめて、 「ねえライ」 小さく呼んだ。 腹ばいで雑誌を読みふけるライオットは背中を向けたまま答える。 「なんだよ」 「あのさ、ライも術士、なんだよね?」 「それが?」 「そうしたらさ、ライもその、学校で術士の勉強したの?」 「そうだな。オレの場合、小さいころから術士だってわかってたから」 「そっか」 ジークは目を閉じて、ゆっくりと開く。 「僕は、知らなかった」 術士の才能を持っていたなんて。 ライオットは静かに答えた。 「聞いてる」 「僕も、今から学校に入れられたりするの?」 「へ?」 ライオットが変な声をあげて振り返る。 がばっと起き上がって、ジークは真剣な顔でライオットを見つめていた。 「僕、第二騎士団からまた転属で、学校で一から勉強するのかな?追い出されちゃうのかな?」 ライオットは意外なジークの言葉に目をみはっている。 沈黙を肯定ととったのか、ジークはうつむく。 「せっかくティルトやライや、団長たちに会ったのに、僕、僕……」 このままじゃ、またお荷物だ。 故郷と、家と同じで――― 沈黙を破ったのは、ライオットのぷっと噴出す声だった。 「なんだそれっ!おまえ、そんなこと心配してたのか!」 声をあげて笑い出すライオットに、ジークはむっとする。 「ねえ、僕真剣なんだけど」 「わぁってるって!ってか、冗談でんなこと考えてたとしたらバカだぞバカ!」 ヒーヒーと苦しそうにしながらも笑い続けるライオットに、ジークは気分を害してベッドにもぐりこんだ。 「もういいよ、ライのバカ」 「わりいわりい。そうそう、勉強はしなくちゃならないだろうな」 ベッドでくるまっているジークにライオットが声をかけた。 「術士はやっぱり、ふつうの人とはちがう力を持ってるからな。野放しにするにはちょっと危ないからな。暴走させて被害が出ちゃ、たまんないし」 「やっぱり……」 ベッドの中からくぐもった声が帰ってきて、予想通りの答えにライオットは苦笑する。 「けどな、いまさら第二騎士団がお前を手放すとも思えないぜ?だいたい、第二騎士団は万年人手不足に悩んでんだ」 「でも……」 「なによりもティルがいまさら手放すかよ。どう見たっておまえのこと気に入ってんじゃん」 「けど……」 「だいじょうぶだって。ま、そのうち話が入るんじゃないか?家庭教師でも……ってさ」 「え?」 もぞもぞとベッドが動いて、シーツの間からジークが顔を出す。 「たぶん、そうなると思うぜ?ま、明日にでもティルに聞いてみろ。それでお前の悩みも解決だ」 不安そうに見上げていると、ライオットは持っていたペンを片手で器用に回した。 「悩みなんて案外、よくよく考えればどうでもいいことが多いんだぜ?特に、お前の場合のはだれかに聞けばあっさり解決だ。うじうじ悩まずに明日聞いて来い」 言いたいことは以上とでも言うように、ライオットはふたたび雑誌に集中する。 ジークはだまったまま、ベッドでころりと寝返りをうった。
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