第二話 歓迎会の夜 1.
「失礼しました」 ばたんと扉を閉めて、ジークは廊下を歩き始める。 うつむく視線の先には、青いじゅうたんとまだ見慣れない黒い制服を着た自分の足が見える。 「はあ」 小さく、ため息をもらして眉を寄せた。 忙しいことは気にならない。むしろ、忙しいおかげでいろいろと考えなくていいからジークとしては助けられていた。 やわらかそうな薄茶色の髪が動いてぴょこぴょこと動いていくのを見て、廊下の奥からユークリフトが声をかけた。 「ジーク!」 呼ばれたジークは立ち止まって振り返った。 「あ、副長」 立ち止まっているジークのもとまで、ユークリフトが走ってやってくる。 「無事に復帰したんですね!」 テーヌ子爵をなぐったために、ジークは三日前まで謹慎を命じられていた。 ジークはぺこりと頭を下げた。 「ご心配をおかけしました」 「いやいや、すぐに顔を見にいけなくてすまなかったね。そうそう、テーヌ子爵はまだ謹慎中だよ」 「そうなんですか」 ジークは複雑な顔を向ける。 あまり人に対して偏見を持ったりしないため、人を嫌わないジークだが、テーヌ子爵だけはあまり好きではなかった。 「ま、子爵も悪かったからね。大丈夫、子爵とちがって、あの子爵の上役になる宰相公爵閣下はまともな方だから」 宰相はジークの父親であるゼオライト伯爵ともライオットの父親であるティンターナウ公爵とも懇意にしている人だ。 王太子殿下と財務卿から話を聞いた宰相は「許されることではない」として、テーヌ子爵の自宅謹慎にうなずいてくれた。 そのため、ジーク、ライオット両名とともに、翌日ティンターナウ公爵が笑顔で自宅謹慎を命じていた。 「あれ、ところでライは?」 見当たらないジークの面倒見役にユークリフトがきょろきょろとあたりを見回す。 「あ、ライは今、ティル……じゃなくて、殿下のところへ」 「きみを置いてかい?」 「ええと……その……」 困った顔をしてりいるジークに、ユークリフトは片眉を上げた。 「あ、もしかして今朝の爆音はまた?」 「……始末書を届けに行きました」 「この二週間は落ち着いていたんですけれどね」 王都一の破壊魔のライオットはこれまでの五年間、毎日毎日器物損壊を続けてきたとんでもない人物だ。 そのライオットが驚くべきことにこの二週間、一度もものを壊さなかった。それで城中の重臣という重臣を震撼せしめた。 あのクラッシャー・ライが、と。 「でも、ついにキレたんですね」 「はあ。でも、今朝の場合は相手も悪かったというか……」 「なるほど。わかりました。ま、いつものことですからだいじょうぶでしょう」 これで流せるのが、第二騎士団だ。 「それはそうと、ジーク。明日の夜は空いていますか?」 「え?はい。別に何も用事はありませんが」 「それはよかった!実はねジーク、延期になっていたあなたの歓迎会を開こうと思いまして」 「え?歓迎会ですか?」 驚いてジークが見上げると、薄茶色の瞳がやわらかく和んだ。 「そうです。ほら、あれからどたばたしていて二週間も経ってしまいましたからね」 ジークは生返事を返しながらうなずいた。 ジークが王都に来て二週間が経つ。 来て早々、思いもしなかったことに巻き込まれて術を暴発、地の精霊を暴走させてしまった。そのために王太子の離宮は崩壊。守るべき王太子を危険にさらしたのはなんとなく団長から知らされた。 思い出したジークは穏やかな顔立ちをゆがめた。 「あの時は、本当にすみませんでした。僕、術士だったなんて、知らなかったんです」 「ええ。知っていますよ。第二騎士団に配属替えになるときの調査でわかったことですからね」 「申し訳ありませんでした」 「そう硬くなることはないですよ。殿下も気になさっていませんでしたし、問題ないんじゃないでしょうか」 実際、あの大惨事にもかかわらずけが人一人出なかったのは王太子の努力のたまものだ。ああ見えてティルティス殿下はエセルヴァーナでも指折りの術士なのだ。 こと術に関する被害は、ほとんどないと考えてもいい。 「一人であの程度は防げるんですから、だいじょうぶですよ。気になるんでしたら、顔でも見せに行ってあげてください。殿下、喜ばれますよ」 「はあ」 「そうそう、話を戻しますと、それでバタバタしていて、歓迎会が延ばし延ばしにされていたでしょう?それを開こうということになったんですよ」 「僕なんかのために、なんだかもったいないです。あんなことがあってみなさん忙しそうですから気になさらないでください」 「いや、ほら、そういうことがあったからこそ、気分転換したいでしょう?このところみんな忙しかったですし。ジークもまだ第二騎士団の全員には会っていないでしょう?」 「そういえば……」 ジークはいまだ第二騎士団の団員全員には会っていなかった。顔を合わすのもライオットと団長、副長の三人のみだ。二週間も経つのにおかしな話だ。 「ま、うちはみんな気ままで勝手ですからね。いたりいなかったりはしょっちゅうですよ」 「…………」 そんなんでいいのだろうか。 王太子の近衛騎士なのに。 「ま、そういうわけですから、紹介も兼ねて開きたいんですよ。どうですか?」 「そう、ですね。僕もきちんとごあいさつしておきたいですし」 「よかった!実はそう言ってくれると思って、遠出していたみんなを呼び寄せておいたんですよ」 もう決定事項だったらしい。 ユークリフトはほっとしたようににっこり笑った。 ぼすぼすと毛足の長いじゅうたんを踏みしめる足音とともに、声がかかった。 「お、何してんだ?」 ジークよりも小柄な美少年がやってくる。 鮮やかな金髪はいつもどおりあっちこっちにはねているが、それがまたセットしたみたいに決まっているのが不思議だ。 青い目がジークとユークリフトを見つめている。 いつ見てもまだ見慣れられない天使の美貌を持つ先輩だが、これが外見だけなのはさすがのジークもこの二週間で学んだことだ。 「こんなところで立ち話か」 「おやライ、せっかくの破壊魔返上も二週間で終わりですか」 ライオットはむっとしてくちびるをとがらせる。 「しょうがねぇだろ。だって今日のはムカついたんだ」 「かわいい後輩ができたから先輩らしく振舞うんだと息巻いていたのに。またどうして?」 「フレドール男爵がのやつがさ、そうそう、だまってればきみはかわいいんだからおとなしく笑っていればいいんだよ、シェアナみたいにっつったから」 「ああ……」 あっさりとユークリフトは納得した。 王城だけでなく王都でも有名な激しすぎるシスコン男にそれは無謀なセリフだろう。 「それは相手も悪いね」 「ティルトが文句入れてくれるって」 「そう。せっかくの脱・破壊魔のための大人の階段を上りかけたのにね」 「うるさい」 ライオットがぎろりとにらみつける。 愛らしい天使が見上げるときは、その目つきの悪さで一気に周りの空気が十度は下がるものだが、ユークリフトもそれをものともしない人間だった。 「そうにらまないで。怖くて寝られなくなるだろう?」 「一生寝るな」 「まあまあ。あ、ライ。明日の夜の歓迎会の話、ジークにしたからね。きみも空けておくんだよ?」 「ああ、したのか。わかった」 ライオットはあっさりとうなずいた。 今聞いたばかりのはずなのにさも知っているかのようなライオットの言葉に、ジークは違和感を感じる。 「え?」 「じゃ、後でまた知らせを入れますからね。では後ほど」 ふりふりと手を振りながらユークリフトは歩いていってしまう。 その背に頭を下げたジークをちらりと見上げて、ライオットが小さく息をついた。 「あの猫っかぶりにだまされんなよ?」 「ユークリフトさん、優しいよ?」 「あっさりだまされやがって」 「ライが悪く思いすぎなんじゃないかな」 「……ま、今くらいは何言っても許してやるよ」 「はぁ?」 何を言っているのか、わけがわからずジークは首をかしげる。 ちらりと見上げるライオットの視線にはすでに険悪な色もきつい色も消えている。 言い表すとすれば、同情のまなざし。 よけいに何が言いたいのか、わからない。 「何を言いたいんだ?」 「別に。ほら、行くぞ」 「気になるんだけど」 「気にするな」 すたすたとライオットは歩いていってしまう。ジークはその背をあわてて追った。
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