第一話 第二騎士団

9.


 

 ぐらぐらと大きく揺れる揺れの中、ユークリフトは机に手をついて身体を支える。

「おや、地震」

 すぐに収まったが、地震の際に大きな破壊音も聞こえた気がした。

「地震なんてめずらしいね。殿下は大丈夫だったかな」

 陛下よりも殿下の方が大事なあたり、第二騎士団の愛が感じられる。

 ユークリフトは王城の奥、離宮に住む主のことを思って、ふとアルベルトに視線を移した。そして目を丸くする。

 アルベルトが、鉄の無表情を第二騎士団員の寡黙な男と競う男が、目と口を大きく開いて窓の外の一点を凝視していた。

「ルート?」

「離宮が……」

「え?」

 ユークリフトも窓に近寄って外を見やる。離宮のあったはずの場所はもうもうとたつ土煙に囲まれているが、建物の影らしきものが見えない。どうなっているのかはだいたい想像がついた。

 地震と土煙と破壊音、ピンと頭の中に仮説がたったユークリフトは茫然としているアルベルトの肩に手を置いた。

「ねぇ、ルート。ところでジークに地の精霊と結びつきの強い地術士の素質反応が出たってこと、殿下に報告した?まあ、殿下がいるから、術士の術による人間に対する被害は考えなくてもいいだろうけど」

 ティルティス殿下は知る人ぞ知る、魔術を独学で身につけた術のエキスパートだ。術から身を守るくらいは朝飯前だろう。

「……離宮に急ぐぞ」


 


 


 

 ふわふわと浮いているみたいな不思議な感覚に、ジークはぼんやりと身を任せていた。

 全ての音がひどく遠い。風景も遠くて、ただわかるのは自分を取り巻く濃い大地のにおいと自分が在ることだけ。

 どこを見るでもなくはっきりしない意識のままどこかを見ながらまばたきだけをしていたジークは腕をぐいっと引かれて、はっと我に返った。

「大丈夫か?」

 心配そうなティルトの碧い瞳が下からジークを見上げていた。

「ティルト?あれ、僕は……」

 きょろきょろと辺りを見回すと、口元が切れて血を流しながら呆然と座り込んでいるテーヌ子爵。

 どうやってできたのかわからないものすごいがれきの山。そこでごそごそと何かをしているライオット。小さなノートになにやらシャカシャカ書き込んでいるテルフィルド伯爵が目に飛び込んでくる。

「お、またあった!これもでかいぞ」

「どれ」

 ライオットとテルフィルド卿はがれきを掘り起こしながら二人でわいわい話している。

「いつのまにあんなに仲良くなったんだろう」

「お前もそれには一枚かんでいるぞ、ジーク」

 ぽつりとこぼれた言葉をしっかり聴いていたティルトがため息混じりにつぶやいた。

「僕が?」

「まったく派手にやってくれたものだ、しばらくは王城暮らしだな」

 書類も書き直しか、ティルトは遠い目をした。

「え、何のこと?」

 ジークはわけがわからず不安げにきょろきょろとあたりを見回す。

 少なくとも覚えている範囲内ではこんなことは起こっていなかった。

「たしか、子爵が父さんのことを悪く言ったからつい手が出て……」

 思い出すとまだこぶしの形ににぎりしめたままだった右手がものすごく痛かった。

 変な話だが、騎士だから人を傷つけたことはないとは言えないが、人をなぐったのは初めてだった。

 こわばっている右手を左手できゅっと包み込む。

「これはいったい……」

「あ、ジーク。気がついたのか」

 ジークに気付いたライオットが大きな石を一つつかんでがれきの山から下りてくる。

「ジーク!いや、よくやったな!オレ、お前がこんなに地精に愛されてたなんて知らなかったぜ。ホント感謝してる!」

 がばりと抱きついてきたライオットの手にある石が背中に当たって痛かった。

「痛いよ、ライ」

「おいライ、俺の城は木っ端微塵だ。それを喜ぶとはどういう了見だ」

「怒るなって殿下。城の修繕と離宮の建て直しをやってもありあまるほどの収入になりそうなんだし」

 大きな石をかざしてライ。石の中には色とりどりの大粒の宝石がキラキラ光っている。

「さぁ、探すぞ!」

 そう叫んでライオットは再びがれきの山に戻って宝石採掘を始める。

 ジークはそんなライオットと宝石の鑑定をして、おおよその値段をつけて筆を動かすテルフィルド卿に首をかしげる。

「何なんだ?だいたい、一つの石から何種類も宝石が出るなんてめちゃくちゃだ」

「地精のプレゼントらしいからな。何でもアリなんだろう」

「そうなの?」

「お前がやったことだぞ。おかげで俺がどんなに苦労したか」

 離宮にいたのはここにいる四人だけではない。被害が拡大しないようにするのにも、余分な魔術を使わねばならなかった。

 ジークは何もわかっていないようで、間抜けな声で聞き返す。それを無視して、ティルトはテーヌ子爵の肩をぽんと叩く。

「さて、後で王城の私の部屋に来るように。理由は……わかるな」

 テーヌ子爵はがっくりとうなだれて一言も発しなかった。

 足音が聞こえて王城を見ると、アルベルトを始めとして第二騎士団の面々が走ってくるところだった。音と地震で心配してやってきたのだろう。

「我が騎士は、ある意味問題児ばかりだな」

 ティルトはため息と共に天を仰ぐ。

 憎らしいほどに晴れ渡った青空が広がっていたが、これからしなければならないだろう山積みの仕事を思うと、ティルトの心はどんよりと曇る。

 連帯責任としてこき使ってやる、鬼畜なことを考える幼い主のもとに騎士たちが駆けつけるのはその直後だった。

 

 

               

C) Copyright Yuu Mizuki  2005-2008.  All  rights  reserved.