第一話 第二騎士団 7.
部屋に入ってきた五十代くらいの白髪交じりの金髪の男を見ると同時にライオットが嫌そうに顔をしかめる。 小太りの男はテルフィルド卿を見上げ、いんぎんに腰を折った。 「これはこれはテルフィルド卿。貴殿が殿下の離宮にまで足を運ばれるのは珍しいことですな」 「財政状況に関する報告に来たのです。テーヌ子爵こそ、殿下に何用ですかな」 ジークはライオットの嫌そうな顔に納得した。 王都に着いて早々のライオットの破壊音の原因がこの子爵の息子だった。 「いえね、ライオット殿に用がありまして。そうしたら殿下のところにおられるのではと聞きまして、ここへ参上したのです」 そこで言葉を止めると、テーヌ子爵は嫌悪の表情でちらりとジークに視線をやった。 「東の蛮地の者までいたのですか」 ジークは目を伏せる。 父であるゼオライト伯は中央から派遣された王都の貴族だったが、母は地方民族の族長の娘だ。王都の貴族たちには辺境の蛮族の血の混じる異端の者として映るらしい。 それは郷里でも父や兄に散々聞かされ、負けてはいけないと言われていたので、これくらいでへこむようなジークではない。 だが言われて嬉しいものではないし、言葉は胸に突き刺さる。 「子爵、私はライサスと外務卿を交えて論ぜねばならんことがある。忙しいのだ。悪いがライオットに話があるのなら二人で席をはずしてくれないか」 はっきりとジークをかばうことのできないティルトは、有無を言わさぬ笑みで子爵を追い返しにかかる。 だがテーヌ子爵は首を振った。 「いえ、殿下にもぜひお聞きいただきたいのです」 「私にも?」 訝しげに聞き返すとティルトはにっこりと笑う。 「そうか。それほどまでに言うのならよほどの事なのであろう。話すが良い。ただ私は忙しい、手短にな」 ジークはティルトの顔を見て震え上がった。 口許には笑みをたたえているものの、目はちっとも笑っていなかった。 くだらねぇことだったら承知しねぇぞ、ライオット風に言えばそのようなことを目で語っていた。 ただまったく気付かなかったらしいテーヌ子爵はぺこりと頭を下げる。 「ありがとうございます。実は先ほどのことなのですが、我が息子がライオット殿と話す機会に恵まれたのです」 本当はライオットの妹シェアナと話したかったようだが、この際これは無視だ。 「ほう、我が騎士は城でも人望があると聞き及んでいる。それは良かったな」 ライオットの場合の人望はその外見の美しさから来る<目の保養>という人気だが、ティルトはそれ以上は口にしなかった。 「ええ。ライオット殿は城外でも人気の高名な騎士ですし、王城の華、シェアナ嬢の兄君ですからな。我が愚息もそれはそれは喜んでおりました」 (てめぇの息子は謙遜じゃなくて文字通り愚か者だぜ!) 思わず口をついて出そうになった言葉を必死で飲み込んでライオットは心の中で高らかに叫んだ。 そんなことは露ほどにも思っていないテーヌ子爵はほうっと悲しげにため息をつく。 「しかし……ああ、かわいそうな我が息子!ライオット殿は友達になってほしいという息子の言葉を拒絶したどころか、あろうことか我が息子に攻撃魔術をぶつけたのです!おかげで息子は全治一ヶ月の大怪我です」 その言葉が向けられたのはシェアナだろう。子爵の息子はライオットを勝手に勘違いしてシェアナだと思い込んで話していたのだから。 「それは……災難だったな。だが我が騎士ライオットは短気ではあっても意味も理由もなく手を出すような者ではない。そなたを疑うわけではないが、本当にそれだけだったのか」 「どういう意味でしょうか」 「私は我が騎士たちを信用している」 信頼していない騎士もいるが。 「騎士たる者、人道にもとる行為はしないであろう。まして我が騎士たちは我が名を冠する騎士、常に自らを律し、慎重に動いているはずだ」 (よくもまぁ、こうも思っていないことばかりぺらぺらと話せるものだ) ユークリフトの二枚舌がうつってきたのだろうか。 まったく思っていないわけではないし、第二騎士団の者たちも多少はそのことも念頭に置いているだろう。 だがその面子と性格を照らし合わせて考えると、お世辞にもそうに違いないと断言できないところが悲しいところである。個性も自我も意志も強い者ばかりだ、本当に多少、ほんのちょびっと頭の片隅に残っているかどうかといったところだ。 だがそんなことはおくびにも出さずにティルトは悠然と微笑んだ。 「それを踏まえ、そなたの息子がしたのはそれだけであると言えるか?」 まだ詳しくは聞いていないが、ライオットが感情に任せて攻撃魔術をぶっ放すなら、理由はシェアナに関する何か許容範囲を超えることをされたはずだ。 ティルトの言葉にうろたえながらもテーヌ子爵は弁解を図る。 「で、ですがこの五年、ライオット殿が問題を起こしたのは数ありましたが、そのどれもが怪我人なし、あるいは軽傷でした。我が息子のように重傷を負った例はないのです。これはライオット殿に悪意があったとしか思えません!」 悪意がなければそもそも攻撃魔術など使ったりしないだろう。間違いなくその瞬間にはあったはずだ。 もちろんそれはライオットの起こした問題全てに言えることだ。 「ライオット殿は責任を取るべきです!」 ブチッ 嫌な予感にそろそろとジークが首を巡らすのと、ライオットがゆらりと一歩踏み出すのはほぼ同時だった。 「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。てめぇのバカ息子は何にも悪くねぇってか?!ええっ?!」 「ララララライオット殿?!」 ライオットの態度がガラリと変わったことに驚きおののくテーヌ子爵。 ライオットの感情が高ぶるに従って、ティルトの部屋の窓がガタンガタンと音を立てて揺れる。窓も開いていないのに部屋の中はライオットの胸中のように激しく風が渦巻いていた。 「この通り、オレは風の元素と相性の良い風術士だ。良かったよなぁ、王都が水没することも焼滅することも崩壊することもないんだからな」 ライオットが悪魔のような笑みを浮かべる。 水術士なら王都を水没させることも可能だし、炎術士なら王都を燃やし尽くすことも可能だ。地術士ならば地震で王都を崩壊させることも可能なのである。 風術士のライオットはせいぜいが竜巻による災害だけだ。もっとも、それでも十分な被害だが。 「だいたいな、今まで何度も使ってきたがあそこまでモロに食らって吹き飛ばされた奴は生まれて初めて見たぜ。てめぇのバカ息子がトロいんだよ!」 「ライオット……」 ティルトの咎めるような声に不満げながらもライオットが口を閉じる。 それによって調子を取り戻したテーヌ子爵が笑い声をもらす。 「テーヌ子爵?」 「殿下の顔とも言うべき黒騎士団に名を連ねながら仮にも陛下から子爵の位を賜ったわしに対して何たる暴言!たとえティンターナウ公爵の嫡子であろうと、覚悟はできているのでしょうな」 「子爵、少し熱くなり過ぎだ」 部屋の中にいた思いがけない人物が口をはさんだ。
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