第一話 第二騎士団

6.

 

 テルフィルド伯爵は厳しい顔でライオットを見つめたまま、口を開いた。

「本日、殿下をお尋ねした理由には、あなたも関わっておいでです。当事者がいた方がいいでしょう。聞いてお行きなさい」

「なんで」

 不機嫌そうにライオットが聞き返す。普通の貴族ならばそれだけでライオットの機嫌をうかがいながら、びくびくしてしまうだろう。

 だが、その程度でどうにかなるような繊細な神経は伯爵は持ち合わせていなかった。

「あなたが一番わかっておいでだと思いますが」

 テルフィルド卿の視線の先にはティルトの机の上の膨大な書類に向けられている。

 一番上の紙にはでかでかとエセルヴァーナ暦1342年国家予算・決算書における王城及び王都修繕費と書かれている。五年前のものらしい。

「ライオット殿が第二騎士団に配属されて五年、その間の王城及び離宮及び王都の破壊数はおよそ千八百回です」

 テルフィルド卿の言葉にジークは信じられないものを見るような目をライオットに向ける。

 ライオットは反省の色は見られず、ぺろりと舌を出している。

 一日一壊は嘘でも誇張でもなかったらしい。

「その破壊による修繕費を国庫から出すのは結構な負担なのです。いくらエセルヴァーナが裕福な国とはいえ、このままでは国庫が食い潰されます」

 テルフィルド卿はライオットに淡々と事実を述べる。

 要するにしびれを切らしたテルフィルド卿がなんとかしろとティルトに嘆願しに来ていたところにライオットとジークが来たらしい。ライオットにとってはなんとも間の悪い話だ。

 ライサス・テルフィルド、自分にも他人にも厳しく、効率と国をこよなく愛する男は耳に痛いことも遠慮なく言う。

(頭の痛いことばかりだ)

 ティルトはこめかみを押さえながら書類に目を落としていた。

「ライサス。これでも一応、ライオットの給与から半分、天引きして国庫に回しているんだがな」

「何、そんなことされてたのか」

 新たな事実に愕然とするライオットをよそに、テルフィルドは冷たく言い放つ。

「ですがそんな雀の涙、焼け石に水ですよ」

 公爵子息とはいえ、騎士としては特別扱いにはしていない。給与も他の近衛騎士たちと同じだ。

 この状態で一騎士に借金を払わせるのは無理がある。一生かかって、一族がその後も返し続けても返せるかどうか。

 さすがのライオットもこれには口を閉ざしている。

「私の稼ぎではどうにもならんのか」

「もう二つ三つ、交易を増やしていただかなくてはなりませんね。エセルヴァーナの未来は殿下の外交手腕にかかっております」

「ふむ、まだ仕事を増やさねばならんのか」

「そういうことになります」

 テルフィルドは無情にもうなずいた。

 本当に頭の痛い。

 眉間に手を当てて、ティルトは息をつく。

「もちろん、税金は上げずとも何とかなります。民のための国家ですから、民を苦しめるわけにはまいりません。ですがこのペースで続けられればそう遠くない未来に待っているのはわが国の経済破綻ですね」

 そんな切羽詰った状態になってからしか動かないような対応の遅さはテルフィルドは見せたりしない。

 まだ回復できるときに動かなければ、何の意味もないことを知っているからだ。

「私がエセルヴァーナを滅ぼした最後の愚王として後世に名を残すのは遠慮したいな」

「それはない!」

 ジークだけでなく、ライオットも声をそろえた。

 突然叫ばれた声に驚いて、ティルトが目を丸くしてジークとライオットの方に振り向く。

 ついつい叫んでしまったことを今さらながらに恥ずかしがって、ジークはうつむいた。

「あ、えっと、その……少ししか一緒にはいないけど、ティルトはそんんなふうじゃないと、思う」

「ジーク……」

 テルフィルドもジークの言葉にうなずいた。

「もちろん我々もできる限りのことはさせて頂く所存です。しばらくは高官の賃金カットと王城の節約生活ですな」

「ライサス……」

 ティルトが思いがけない大臣の言葉に言葉をつまらせる。

 ライオットはがりがりと頭をかいた。

「もとはといえば、オレのせいでもあるしな。オレも手伝うよ。とりあえず親父のへそくりから頂戴してくるかな」

「それはだめだ」

 えーなんでー?と口を尖らせるライオットにめまいを感じつつも、ティルトの口許には笑みが上る。

 自分が国を継ぐ王太子だからみんなが大事にしてくれるのだというのはわかっている。それでも支えられていると感じるのは自分の力になる。

 まだ、がんばれる。

「それじゃ、もう二つ三つ交易するものでも考えようか」

「では外務卿アシュフォード伯を呼んで参りましょう」

 テルフィルド卿が身をひるがえそうとしたとき、ノックとともに一人の男が入って来た。

 

          

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