第一話 第二騎士団

5.

 

「先輩、第二小憩室って何ですか?」

 廊下を歩きながら、ずっと気になっていたことをジークは訊ねた。

「第二騎士団の小休憩室、略して第二小憩室」

「休憩室ですか」

「ああ。みんながいろいろ持ち込んでいて、きったねぇけどな。そっちは後だ、後で連れてってやるよ。まず部屋の方に案内するわ。荷物、置きたいだろ?」

「あ、そうですね」

 そう荷物が重いわけではなかったけれど、ライオットの言葉に甘えておくことにした。

 ライオットはジークを部屋に連れてきていた。

「うわあ……」

 広い。とにかく広い部屋にジークはただただ感嘆の息をもらす。

「ここがオレの部屋。というか、まぁお前の部屋にもなるんだろうけど」

 ライオットはちょこちょこと中に入っていくジークの後から扉を閉めて部屋に足を踏み入れる。

 大雑把に見えて、意外と片付けはできるらしく、部屋はそれなりにキレイに片付けられていた。

「これが騎士寮になるんですか?」

「ああ。ま、ここはその中でも広いんだろうけどな」

「どうして?」

「そりゃ……」

 純粋に好奇心から尋ねたジークだが、ライオットは答えにくそうに眉根を寄せる。

 さすがに公爵である父の威光とは言いがたかった。

「まあいいじゃん、お前だって広いに越したことないだろ?」

「でも、あんまり広いと落ち着かないです」

 ジークはそわそわと部屋を見回す。

 ライオットにあてがわれた部屋は一人では広すぎるような部屋だった。

 故郷の屋敷は別として、騎士寮は食堂やホールくらいしかこの広さの部屋はなかった。辺境の自慢は、無駄に土地があることだ。

 だがジークにとってはこの部屋は二人でも広すぎる感が強かった。

「何みみっちいこと言ってるんだ。いいじゃん、広いの。これからは二人部屋だし」

「でも、どう見てもここ、王城の普通の部屋に見えるんですけど」

 まだびくびくとしているようなジークにライオットはけろりと答える。

「当たり前だろ。いざという時に駆けつけられるよう王城に部屋がないと困るだろ。そのために、騎士は一つの部屋を二人で使うんだよ。団長と副長以外はな」

 本来ならば客人を泊めるためにしつらえた部屋なので、騎士たちが全てを使うわけにはいかない。そのため、第一から第三までの各団長と副長以外は二人で一部屋を使うことになっていた。

 いつ召集がかかってもすぐに対処できるよう、王城で寝泊りをしなければならない。よほどの理由がない限り、特に近衛騎士は家には帰れないのだ。

「ベッドは後で運んでもらうからさ、とりあえず荷物を置いて、さっさと制服を着ろよ」

「え?」

 荷物と制服を抱えたまま振り返るジークをライオットが急かす。

「殿下にあいさつするんだろ?」

「あ……」

 こともなげに言うライオットだが、ジークは困ったように立ち尽くす。

 ティルトとならすでに会っている。

 ジークは制服は抱えたまま、故郷から持ってきたかばんを絨毯の上に置いた。

「えっと、一応団長の部屋で会ったんですけど」

「団長の部屋?殿下の部屋にあいさつに行くのはまだだろ?場所も教えなくちゃいけねぇし、いいじゃん。正式にあいさつに行くぞ」

 ふんっとふんぞり返りながら言うライオットに別に行かない理由もなくて、ジークは大人しく従う。

 もそもそと着替えだしたジークを確認して、ライオットは椅子に座ってほわわとあくびなんかしている。

 しゅるしゅるっと衣擦れの音を聞きながらぼんやりしていたライオットは思い出したようにジークに目を向ける。

「そういやさ、お前オレに敬語使ってたよな」

「え?」

「あれ、ナシな。オレ媚びる奴嫌いなんだ」

「で、でも……」

「第二騎士団の奴で敬語使えなんていう奴いねぇよ。オレはライでいいから。オレもお前のことジークって呼び捨てにするし」

「は、はぁ」

 ジークは生返事を返す。

 ティルトといいライオットといい、王都の人間は敬語が嫌いなのだろうか。

「おい、手がお留守だ。早く着替えろよ」

「あ、は、はい!」

 ライオットが怒ると怖いらしいのはさきほどの王城破壊事件で嫌というほどわかったので、怒らせないようジークは慌ててボタンをつけた。


 

 

 ライオットに急かされて黒い制服に着替えたジークは王城の騎士寮の部屋から王太子の離宮へとライオットに案内されていた。

「オレ何度も案内するのヤだから一度で覚えろよ」

「が、がんばるよ」

 似たような通路ばかりなのですでに一度迷ったジークはまったく自信がなかったが、一生懸命頭に地図を叩き込んでいた。

「ここ」

 ライオットの示した部屋は他の部屋とは明らかに違っていたので、これは一発で覚えられそうだった。

 他よりも少し大きめなドアは凝った装飾の施された青いドアだ。青はエセルヴァーナの貴色なので、一目で王族の部屋だとわかる。

「でーんーかー」

 ノックもなしにがちゃっと開けるライオットにジークは目が飛び出るほど驚いた。

「ええ?!ってええっ?!」

 正式にあいさつとか、言っていなかっただろうか。

 ライオットは後ろで驚いているジークを置いて、さっさと中に入っていく。

「ライ、ノックはしろって何度も言っているだろうに」

 執務机に腰掛けたティルトがげんなりしながら言うが、ライオットに守る気はあまりないらしい。

「んー、わかってるって」

「わかってないから言ってるんだろう。客人がいることもあるんだぞ」

 そう言うティルトの前には、三十代半ばくらいの金髪の男が立っていた。手には書類を、小脇にはかばんを持っている。

「これはこれは、テルフィルド伯爵じゃありませんか」

 ライオットが大げさに芝居じみたリアクションで言った。

 宮廷に知り合いのいないジークはぱちぱちとまばたくばかりだ。

 そんなジークに気付いたのか、ライオットがジークの耳に口を近づける。

「エセルヴァーナの重鎮、十人の大臣の一人で最年少、財務卿テルフィルド伯だ」

 小声で話すライオットにジークはちらりと視線を送る。

「財務卿?」

「財政担当大臣ってやつ」

「へぇ」

 ひょいと身体を離して、ライオットは複雑そうな顔をしてテルフィルド伯を見ている。

 ライオットの苦手なタイプらしい。

「ライオット殿、いくらあなたが殿下のはとことはいえ、せめて公の場では態度を改められてはいかがですかな」

 テルフィルドは険しい表情のまま、嘆かわしそうに頭を振った。

「はとこ?!」

 驚いているジークをよそに、ライオットとテルフィルドが臨戦態勢になっていた。

「もちろん、公の場では分をわきまえてるぜ。あんた一人がいるだけで、ここも公の場になるってんなら、わきまえてないかもしれねぇけどな」

 けんか腰のライオットと冷めた目のテルフィルド伯の間に火花が散っているようにジークには見えた。

 先に引いたのはライオットだった。

「へっ、興ざめだ。ジーク、出直そうぜ」

「お待ちなさい、ライオット殿」

 きびすを返してさっさと部屋を後にしようとしていたライオットの背に声をかけたのは、意外にもテルフィルド伯だった。

 

           

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