第一話 第二騎士団

4.

 

 アルベルトは城の見取り図らしいものに視線を落としながら続ける。

「では、次にお前の部屋だが―――」

「まったく、まいったぜ」

 突然がちゃりと扉が開いて、人が入ってくる。ジークは息をのんだ。

 柔らかそうな金髪は少し癖が強いのかあっちこっちにはねている。

 白い肌はなめらかで、形の良い紅い唇は今は嫌そうに歪められている。長い睫に縁取られた瞳はティルトよりも青みの強い青色だ。どう見てもジークよりも年下にしか見えない背の低い少年も、黒い制服を着ていた。

 ティルトを一流の職人の作り上げた最上級の芸術作品とするなら、この少年は神に愛される天から舞い降りた天使だろう。

 ぽーっと見惚れるようにして突っ立っているジークの横をすり抜けて、執務室に置かれたソファーにどっかと座り込んだ。

「テーヌ子爵の息子ってやつがさ、シェアナに言い寄ってきやがってよ」「シェアナって、君の妹の?」

 ユークリフトが尋ねると、天使が嫌そうにうなずく。

「あんなやつにやれるかって思って、オレが行ってきたわけよ。そしたらあいつ、オレのことシェアナだと思い込みやがって」

「ああ、君とシェアナはよく似てるからね」

 この兄妹はよく似ているのだ。

 ついでに言えば、過激なシスコンぶりも王城では有名な話だ。

「オレも最初はすばらしい理性でもって、丁重にお断りしようとしたんだけどな。男装も素敵だとか訳のわかんねぇことぬかして、あげくに抱きついてきやがるからキモくてついカッとなって」

 想像とは真逆に、天使は非常に口が悪かった。

 ジークはこのギャップと精神的ダメージにより、現実に戻ってこれなくて呆然としていた。

 ぼんやりと現実逃避しているジークにちらりと一瞥をやって、アルベルトは天使にため息をついた。

「派手にやらかしたんだな」

「あれはっ、あいつが悪ぃんだ!オレが大人しく言い聞かせようとしているうちに、言うことを聞いときゃ良かったんだ」

「でも、毎度と同じようにキレたんだろう。何度目だと思ってるんだ。俺やお前の父上、それに殿下がかばえるのにも限界があるぞ」

「男ならすっぱりきっぱりあきらめるのも肝心だろ。それなのにしつこく言い寄ってくるから、シェアナが困ってるんじゃないか。兄のオレがその代弁をして何が悪い!」

 これだけ派手にリアクションを返す兄がいても、シェアナ嬢の人気に陰りがさすことがない。兄とそっくりの顔で、兄と正反対の性格がきっと人気を呼ぶのだろう。

「あなたもいいかげん妹離れしないと、シェアナ嬢だって恋の一つもできないじゃないですか」

 ユークリフトが天使をたしなめるが、天使はぷいっと顔をそむける。

「あいつにふさわしいかどうかは、オレが決める」

 ふと顔をそむけた拍子に天使とジークの視線が合う。その視線はどうにも睨みつけてきているようで、ジークは落ち着かなかった。

「ダレ、コイツ」

「今日から第二騎士団の一員となったジーク・ゼオライトだ」

 居心地悪そうに口をつぐんでいたジークに代わって、アルベルトが天使に紹介した。

「ゼオライト?あー、辺境のゼオライト伯爵の息子ね。ふーん、よくあの卿が自分の息子を出したな」

 へーとか言いながら、天使は興味津々に身を乗り出してジークの顔をのぞきこんでくる。

 その子供っぽい行動にアルベルトはため息をこぼさずにはいられない
「ジーク、これはライオット・ティンターナウ」

「コレ言うな」

「お前が来るまで我が団最年少だったんだが、これでも一応先輩だ。わからないことは何でも聞け」

「オレより年下なんだ。オレの初めての後輩か!」

 嬉しそうに声を上げるライオットはなぜかぺたぺたとジークの髪を触ってくる。

 まるで子供の少年を見ながら、淡々と話すアルベルトの言葉を目をしばたたいて理解しようとしていたジークは一つの考えに行き着く。

「え、ええっ?!じゃ、じゃあさっきの破壊音の原因の人?!」

「恥ずかしながら、そういうことだ」

 うなずくアルベルトに、ジークはくらりとめまいを感じた。

 目の前の天使のごとき美少年が噂の破壊魔。この事実はジークに衝撃をもたらして、つい口をすべらせた。

「クラッシャー・ライ……」

 思わず口をついて出た言葉に、慌ててジークは両手で口を覆う。

 ライオットはきょとんとしている。噂は大概本人の耳に届くのは一番最後だ、聞いたことがなかったのだろう。静かな時が流れる。

 その沈黙を破ったのはぷっと吹き出したユークリフトだった。

「ほ、本人を目の前にしてそんなこと言う人、ぼくは初めて見たよ」

「す、すみません……」

 ジークは真っ赤になって謝る。

「謝ることはないんじゃないかな。いや、さすがは殿下の気に入った者というわけか」

 どういう意味だ。

 だいたいジークにもなぜティルトに気に入られたのかわからない。

 ユークリフトとジークを交互に見やって、ライオットが首をかしげる。

「なあ、オレには話がみえねぇんだけど」

 クスクスと声を上げて笑っているユークリフトに、のけ者にされるのが嫌いなライオットが不快そうに口を尖らせる。

 事態を見守っていたアルベルトがこれ見よがしに机の引き出しから書類を一枚取り出した。

「さてライオット、気分も落ち着いてきたところで選べ。始末書を書くか、ジークがこちらに慣れるまでの担当官を務めるか」

「はぁ?!何でオレがそんな面倒なことやんなきゃなんねぇんだよ」

 ライオットが心底嫌そうに顔をしかめる。

(僕だってヤだよ、あんたみたいに心臓に悪い怖い先輩)

 天使の外見と悪魔のごとき性格の持ち主と判断したジークは内心ごちる。

 だがもちろんのこと、新人のジークに拒否権はないらしい。

「それはいい考えかもね。後輩ができればライオットも少しは落ち着きが出るかもしれないね」

 ユークリフトもアルベルトの提案にうんうんとうなずく。諸手を上げて賛成しそうな勢いだ。

 この時点で多数決は二対二のはずなのだが、ジークは数に含まれていないため二対一だ。

 王都に来て早くも窮地に立たされてしまっているらしい。ジークは他人事のように思った。

「どっちもヤだ」

「言っただろう。どちらか選べと」

「う〜」

 この期に及んでまだ嫌がっていたライオットはようやく腹を括ったらしく、深呼吸をした。

「始末書は任せた。行くぞ、ジーク・ゼオライト」

「え、ええっ‽」

「ええ、じゃない」

 ソファーから立ち上がったライオットはさっさと団長執務室を後にしようとする。

「じゃあライ、後は任せましたよ」

「おー。第二小憩室に連れて行ってから、部屋に行きゃいいんだろ」

 片手を上げて応じるライオット。

 いきなり死刑執行人に連れて行かれる心地のジークは助けを求めるようにアルベルトとユークリフトを心底不安そうに見やる。

「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ、ジーク。あんなふうだけど、ライは意外と面倒見の良い子だから」

「はぁ、はい」

 気のない返事を返し、頭を下げたジークに「ジーク」アルベルトの声がかかる。

「俺たちが仕えるのは、未来王だ。それに誇りを持って、励んでくれ」

「はい」

「殿下と仲良くな」

 ジークは首をかしげる。なぜこれからしばらく一緒に行動のライオットではなく、ティルトなのだろう。

 腑に落ちないものを感じながらも、ジークはうなずいていた。

「……はい」

 真摯に受け答えして、部屋を辞そうとすると、ユークリフトが思い出したように手を打った。

「そうそう、今夜はささやかだけど君の歓迎会を準備しているから、遅れないようにね」

「は、はい。ありがとうございます」

 もう一度ぺこりと頭を下げて今度こそライオットを追って執務室を後にした。

 ぱたんと扉が閉まり、足音が遠ざかっていくのを確認して、ユークリフトは自分の机にひょいと腰掛ける。

「ジーク・ゼオライト、大人しくて良い子だね。陛下にすら気を遣わせる辺境の獅子ゼオライト伯爵の子とは思えないな。伯爵のふてぶてしさが微塵も感じられない」

「次男とはいえ末子だ、おそらく大事に育てられたのだろう。陰謀と策略の渦巻く中央や政治に関わらせるつもりがなかったのだろうな」

「なるほど。だからあんなに良い子なわけね。腹の底で何を考えてるかわからない王都の貴族とは違うわけだ。それに、彼は伯爵の権力と反抗意識の抑圧のための事実上の人質だからね。扱いやすいほうが良いってわけか。円卓の老人会も考えたね」

 円卓の老人会とは、王を交え中枢を担う大臣たちの御前会議のことだ。

 にべもなく言うユークリフトにアルベルトは額を押さえる。

「どこで誰が聞いてるとも知れないんだ、軽率な言動は控えろ」

「大丈夫、第二騎士団長執務室をこそこそ盗み聞きするような肝の据わった奴は王城にはいないよ」

 けらけらと笑うユークリフト、猫かぶりの得意なユークリフトはアルベルトとティルトの前以外では猫を五、六枚かぶっている。

「それに、変なことを考えてる奴らからジークを守るために、ライをつけたんでしょ?」

「ライはなんだかんだ言いつつ面倒見が良い。きっと気の置けない友になれる。国政把握に忙しい大臣たちも権力争いに忙しい貴族たちも、第三騎士団を抱える内務卿の嫡子がジークの後ろにいれば、そうそう手も出せんだろう」

「ライね。あの子もあの口の悪さでティンターナウ公爵閣下の長子だから、あの家も変わってるよね」

「殿下もついているんだ、これでとりあえずは心配要らんな」

 机の上で手を組んで、アルベルトが一息つく。

「殿下にも同年代の友人ができるんだから、一石二鳥だね。こんなつまらないことで東の伯爵と戦になんてなったら、シャレにならないよ。王都も大打撃で利益なんて何もない」

「伯爵は隣国の王とも懇意だし、この機に乗じない手はないだろう。大人の権力争いに殿下を巻き込むわけにはいかない。こんなことで殿下に父君を玉座から引きずり下ろさせるわけにはいかないからな」

「はいはい、ホントにルートは殿下がかわいくてかわいくて仕方がないんだから」

 肩をすくめるユークリフトを横目でちらりと見やって、アルベルトは軽く目を伏せた。

「来てそうそう、何かあっては伯爵の心証が悪くなるだろう。何事もなければいいが……」

 

          

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