第一話 第二騎士団

2.

 

「ジークは郷里でも騎士の任に就いていたのか?」

 ふと気になって尋ねた、そんな感じの問いにジークはうなずいた。

「うん。父さんと兄さんの役に立ちたかったから。第四騎士団エッディフト支部に二年間所属していたんだ。といっても、一年半は見習いだったから、雑用しかしてないけど」

「じゃあジークは俺の年にはもう一人立ちしていたのか」

「そんなすごいもんじゃないよ」

 ほんのりと頬を染めて、ジークは言った。

「失敗ばっかりだったし、父さんたちにもよく落ち着きがないって言われてたし。だから何で王都から手紙が来たのか、不思議でしょうがないんだ」

「…………」

「でもさ、僕はそれでもうれしかったんだ。王都へ出られることじゃないよ。どういう理由にせよ、僕も必要とされたわけだから」

 ジークは本当に嬉しそうに笑っていて、ティルトはその笑みを見るとずきずきと胸が痛くなる。

 じっとジークの顔を見上げていたティルトはふっと笑みをこぼす。

「お前は強いな」

「そうかなぁ。そんなこともないと思うけど」

 照れたような困ったようなジークの服をきゅっとつかんて問う。

「ジーク、制服は?」

 ジークの服は所属することになった第二騎士団の制服でも、郷里の第四騎士団の制服でもなかった。長距離を旅しても問題なさそうな、丈夫な綿の服だったが、ところどころ破れていたりする。

「ああ、前の制服には思い入れがあるからあまり汚したくなかったし、新しい制服はまだもらってないから」

「そうなのか。そうだ、ジーク。騎士団のそれぞれの違い、わかるか?」

「えっ?」

「意気込み十分のようだから、答えられるだろ?」

 ティルトの瞳にはおもしろがるような光が浮かんでいる。

「第二騎士団長にも聞かれるかもしれないだろ?その前の復習だよ、復習」

 もっともらしいことを言っているが、楽しんでいるのは一目瞭然だ。

 観念したジークはため息を一つもらして口を開く。

「……エセルヴァーナ王国には、第一から第四騎士団があり、それぞれ制服の色から通称白騎士団、黒騎士団、赤騎士団、青騎士団と呼ばれている」

「うん、基本だな。それは他国の民でも知っているようなことだ」

「第三騎士団は王城および王都警護を任務とし、第四騎士団はそれ以外、つまり地方警護を任務とする。どちらも人数の多い大規模な組織であり、一般的に騎士といえばこちらを指す。第一及び第二騎士団を総称して近衛騎士団という」

 だからジークの第二騎士団への異動は普通に考えれば大抜擢なのだ。

「うんうん、それで?」

「それでって?」

「第一と第二の違いは?」

「え?人数的に二つに分けてるんじゃないの?」

 ティルトはジークの言葉に呆れたように目を細めた。

「意味もなく二つに分けたりしないだろう。第一と第二では仕える相手が違うんだ。第一騎士団は陛下に仕える王直属の騎士団で、第二騎士団は第一王子に仕える王太子直属の騎士団なんだ」

「そうなの?」

「そうだよ。第二騎士団に配属になったんだろう?それくらいは知っておくべきだぞ」

「うん、そうだね」

 ティルトの言う通りなので、素直に肯定した。

「それにしても、ティルトは物知りだね」

「え?」

「なんか、何でも知ってるからさ。すごいなって思って」

 ジークの口調は嫌味でも皮肉でもなくて、ただ純粋にそう思ったらしいものだ。

 ティルトは照れ隠しに長い睫を伏せた。

「ありがとう」

 消え入りそうなほど小さな声で言うティルトにジークは笑いかけた。


 

「うっせぇっ!オレにさわんじゃねぇっ‼」


 

 突然聞こえてきたものすごい叫び声にジークがびくりと身を震わせると―――


 

 ドゴォォォォォォォン


 

 破壊音とともにすさまじい震動が王城を襲った。

「わわっ?!な、何だ?」

 不安そうにきょろきょろと辺りを見回すジークの隣で、ティルトは柳眉を寄せて額に手を当てた。

「ああ、またか」

「また?!またって何?!」

「え?ああ、あの声は間違いなくライだな」

「ライ?」

「ライオット・ティンターナウ、別名クラッシャー・ライ。国庫を食い潰さん勢いの破壊魔でね、あれに関しては皆頭を痛めているんだ」

「へえ……そりゃ大変だ」

「まったくだな。しかし……あれがいるのも第二騎士団が人気薄の理由の一つだと言われるとうなずかざるを得んな」

 さらっと聞き流すところだったジークは、ティルトの言葉に耳を疑った。

「へぇ……ってええっ?!まさかもしかして……」

「ああ、もしかしなくても第二騎士団の一員だ」

 ジークは額を押さえる。なんだか頭がくらくらする。

「そんな怖い先輩が……」

「悪い奴ではないんだが、ちょっと短気で感情的でな」

 ちょっと短気で感情的で城を破壊されていたら、かなり短気で感情的な奴が出てきたらどうなるのか。

 考えるのも恐ろしくて、ジークは考えるのをやめた。

「基本的にはさっぱりした奴だから。

彼のタブーに触れさえしなければ、たぶん問題ない」

「えっ、タブーって何?」

 ティルトは黙ってジークを見上げる。

 困惑した蜜茶色の瞳を碧い瞳がまっすぐに見据える。

「ジークには関係ないだろうから、気にしなくても大丈夫だ」

「そういうもんなの?そこはかとなく心配なんだけど」

「ああ。どうしても気になるなら、あいつに直接聞け」

 そのかわり怒られても知らないからな、ティルトが小さく付け加える。

「なぁ、ティルト……」

「ここが団長執務室だ」

 ジークの言葉をさえぎって立ち止まったティルトが示した扉は他のものとなんら変わらない、何の変哲もないドアだった。

「何か言いかけたか?」

「う、ううん、なんでもない」

 ふるふると首を振って、ジークは内心ひどく驚いていた。

(そんなに話に夢中になっていたのか?!)

 いつの間に着いていたのか、だが剣を扱う者としてはあるまじき事にジークは肝を冷やす。

 もしも見回り中だったとしたら、後ろからバッサリなんてこともあるかもしれないのだ。

「ジーク?」

 呆然として突っ立っているジークを不審に思ったのか、ティルトが心配そうに顔をのぞき込んでくる。

「どうかしたのか?」

「いや、ちょっと緊張しちゃって」

 笑いながらごまかすが、ティルトはまだ心配そうだった。ごまかされた様子はなかったが、それ以上は何も言ってこなかった。

「気を引き締めろよ。団長の心証を悪くしないよう、気を張っておけ。人間、第一印象は大事だからな」

「よそ見をして、人に突っ込んできた人のセリフとは思えないね」

「あれは、ボーッとしていたジークだって悪いぞ。まぁ、めったに人の通らない道だからと油断していた俺も不注意だったが」

 居心地悪そうにティルトは視線を泳がせていたが、ごほんっとわざとらしく咳払いする。
「とにかく、さっさとあいさつ済ませるぞ」

「ま、待って。まだ心の準備が……」

 ジークが慌てて止めるが、ティルトがノックする方が早かった。

 

        

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