第一話 第二騎士団

1.

 

 そびえ立つ巨大な城を見上げ、ジークは息をのんだ。

「ほわぁ……」

 あっさりはき出して、奇妙な声を上げる。驚きのあまり、他に言葉が出ない。

 デカイ。とにかくデカイ。

 ただただその圧倒的な大きさに言葉を失っていた。

 荘厳な城は見る者を圧倒する威圧的なたたずまいだ。

「こんな大きな町を見るのも初めてだけど、こんな大きなお城を見るのも生まれて初めてだ」

 住んでいた父の城も大きかったが、こことは比べものにならない。

「やっぱり王都は違うなぁ」

 感嘆の息をもらしながら城を見上げるジークを、門を守っている騎士たちは顔を見合わせて不審そうに見ていた。

 少し癖のある柔らかそうな薄茶色の髪に穏やかな蜜茶色の瞳、どちらかと言えば整った顔だちの少年はどう見ても怪しくは見えない。普通の育ちの良さそうな少年だ。

 まっすぐ前に視線を戻して、ジークは門の騎士に懐から書状を出して手渡す。

「本日付で王都勤務となりました、ジーク・ゼオライトです」

 さっと書状に目を通した騎士はすぐさま敬礼した。

「確かに確認いたしました。どうぞお通りください」

「ありがとう」

 道を開けた門番に軽く会釈して、大きな城門をくぐる。

「はあ、故郷の騎士団の寮くらいあるなぁ」 

 ジークはぼんやりと大きな城門をしばらく見上げて、城門をくぐると、よく手入れのなされた美しい庭が広がっている。咲き誇る色とりどりの花を横目に、ジークはほうっとため息をもらす。

「キレイだなぁ。王都はゴミゴミしてるだけで自然なんかないって聞いたけど、そうでもないんだなぁ」

 手入れされた美しさだから、正確には自然ではないのかもしれない。故郷のものとは少し違うが、共通の部分もあるからこそ、そこにあるだけで癒されるものもある。

「さて、いつまでも油を売っているわけにはいかないな」

 ジークは城の中へ入って行くが、広い上に案内の一つもない不親切な城は、ジークにとってはまさに迷宮のようだった。

「あれれ?」

 周りを見回すが、似たような壁と柱ばかりなので、目印となりそうなものがない。

 方向音痴ではないのだが、こんな場所では道に迷ってしまうのもうなずける。なにしろ見渡す限り灰色の煉瓦壁が続いている。通路の造りも似ているので、慣れないと迷子になるのは必至だ。

「困ったな〜」

 きょろきょろと辺りを見回しながら歩く自分は挙動不審に見えるだろうなと苦笑しながら、ジークは通路の角を曲がった。

 ちょうど角を曲がってきたらしい人と出会い頭にぶつかってしまう。あまり大きくはないジークよりも小柄だったその人物の方が弾き飛ばされてしまい、毛足の長い青い絨毯の上に尻餅をついた。

「わっ!」

「あっ、す、すみません!大丈夫ですか?」

 ジークは慌てて手を差し出す。

 尻餅をついた少年が顔を上げるのを見て、ジークはぴたりと動きを止めた。

 少年は少女と見紛う美しい少年だった。絹糸のような黄金の髪に宝石のような碧い瞳の作り物めいた美貌の少年は、驚きが抜けないようで座り込んだままジークを見上げている。その姿は、まるで一流の職人が丹精込めて作り上げた魂の宿った人形のようだった。

「ちょっと考え事をしていて……申し訳ありません」

 ジークはまだぼんやりとしている少年の手を取って立たせると、ぱんぱんと服をはたいて埃を落とす。

 少年は不思議なくらいに大人しく、ジークにされるがままだ。

(どなたか、ここの貴族の方のご子息だろうか)

 少年の着ている服は上質の布でできていて、かなり身なりが良い。おそらくはかなり良いとこのお坊ちゃんだろう。

「見ない顔だな」

 少年がジークの顔をじっと見上げて、耳ざわりの良いよく通る声音で言った。

「あ、本日付けでこのエセルヴァーナ王国第二騎士団に所属となりました、ジーク・ゼオライトです」

「ゼオライト……」

 少年が長い金色の睫を伏せる。碧い瞳に影が差す。

 少年の行動の理由がわからなくて、ジークは首をかしげる。

「どうかなさいましたか?」

 何でもないことのように尋ねるが、内心はかなり焦っていた。

(な、何か気に障るようなことしたかなぁ?)

 ジークの内心の焦りに気付かなかったのか、少年は次の瞬間先ほどの大人びた表情に戻っていた。

「そうか。ゼオライト卿の息子か」

「父を知っているのですか」

 ジークは少し心強くなる。

 少年はジークを上から下までじろじろと見る。

「俺とそう変わらなさそうだな。お前、いくつだ?」

「え?」

「いくつなのか、と聞いている」

 ジークの間の抜けた問いに、少々苛ついたように少年が言い直した。

 ジークは慌てて答える。

「あ、は、はい、十七です」

「そうか。俺と二つ違いか。俺は十五なんだ」

 ジークの答えにうなずきながら少年はあごに手を当てる。

 何やら少年は一人で納得しているが、ジークにはさっぱりわからない。

「あの……」

「何だ」

「ええと、失礼ですが、あなたは?」

 少年が大きな瞳をこぼれんばかりに見開いてジークを凝視する。

 ジークには王都に知り合いなどいない。父や兄ならいざ知らず、ろくに父の領地から出たこともないのだ。社交界にも興味がわかなくて顔を出さずにいて、領地でのんびりと暮らしていたジークは顔が広くない。

 だからこの目の前の少年のことももちろん知らない。

 だが少年の方はというとジークのことを知っているような接し方をしている。

(父さんの知り合い……にしては若すぎるか)

 若いというよりもまだ幼く見える少年を前に、ジークは心の中で首をひねった。

 王の住まう城をうろうろとしているのだ、そんなことが許されるのはよほどの大貴族の息子に違いないはずなのだが、ジークには見当もつかなかった。

 少年は驚きからやっと立ち直ったらしく、嬉しそうに目を細めた。

「ティルトだ。ティルトと呼べ」

「わかりました、ティルト様」

「…………」

 不服そうな目で睨み上げてくるティルトにジークは困ったように眉を下げる。

「……えーと、ティルト」

「うん!」

 ティルトは満足そうにうなずいたが、思い出したように付け加える。

「あ、敬語もだめだからな」

「わかりました」

「……ジーク?」

 にっこりと笑いながら無言を圧力をかけられて、ジークはあっさりと屈した。

「わ、わかった。わかったよ」

「よし」

 厳かにうなずいて、ティルトは踵を返した。

「じゃ、行こうか」

「え、ど、どこへ?」

「どこへって、決まってるだろう?第二騎士団長執務室だ。直属上司にあいさつしないで、誰にするんだ」

「あ、そうか」

 ペースを乱され続けているジークはそんなことも頭からすこんと抜け落ちていた。

「こんなところをうろうろしているんだ、どうせ道にでも迷ったのだろう」

「はは……」

 返す言葉もない。

 だがはたと気付いて声を上げる。

「ってことは、ティルトは第二騎士団長執務室がどこにあるか知ってるの?」

 騎士団の制服を着ているわけでもないし、とてもじゃないがティルトは騎士には見えない。

 有力貴族の子弟だとしても、城の構造について何から何まで知っているものだろうか。

 ジークの訝しげな視線に気付き、ティルトは形の良い唇を尖らせる。

「何だ、俺が知っているのが不満か。せっかく親切に案内してやろうと思ったのに」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「道に迷っていたのだろう?素直に案内を頼まなくていいのか?初日から大幅に遅刻なんて、心証最悪だと思うが」

「う……」

 ティルトの言うとおりだ。いつまでも城の中をぐるぐると迷っていても仕方がない。いつかは着くなんてそんな悠長なことも言ってられない。

 ジークは素直に頭を下げた。

「お願いします、案内してください」

「そうそう。人間素直が一番だ」

 満足そうにうなずいて、ティルトは再び歩き始める。

 ジークは慌てて後を追い、ティルトの横に並ぶ。

 ただそれだけのことだったが、ティルトの口許にはかすかな笑みが上っていた。

 

 

       

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