0.プロローグ


 

「ひいっ!」

 ひときわ派手なよろいを着込んだ将軍が、敵の将軍を見て情けない声を上げた。

 遠くから見ても目立つ白い馬に、派手派手しい黄金のよろいに赤いマントを着ている。どこからどう見ても将軍であると、その姿が必要以上に語っていた。

 将軍は前に手をかざして叫ぶ。

「ま、待ってくれ!赤い悪魔が来るなんて思っていなかった!」

「剣をふるい、相手の命を奪ってきた以上、あなたもいつか討ち取られるかもしれないと、そう覚悟はなさってきたのでしょう?」

 相手は将軍であるにもかかわらず、質素なよろいを着込んでいる。馬だけは上等なものに乗っていた敵将は冷たく言い放った。

「今がそのときのようだ。お覚悟を」

「ま、待て!」

「戦に待てなどないのだと、学べなかったようだな」

 男の剣が一閃する。

 敵将の首を討ち取った瞬間、

「赤い悪魔が!」

「将軍が討ち取られた!」

 敵兵たちがクモの子を散らすようにてんでばらばらに逃げていく。

「オーソン閣下ばんざ〜い!」

「英雄オーソンばんざーい!」

 背後から聞こえてくる味方の声に、男は小さく息をはいた。

「やったな!」

 馬にのった男が隣に立つ。

「弱いんだから来んなっつの。これで戦も終わりだ。しばらくは平穏になるはずだ」

 人懐っこい笑みを浮かべるのは、長年の親友であるポールだ。

 憂い顔のまま、オーソンはうなずいた。

「そうだな」

「暗いな。勝ったんだからもっとうれしそうにすりゃいいのに」

 ポールにチラリと視線をやって、オーソンはすぐに馬首を返らせる。

「引き上げよう」

「そうだな。引き上げだー!」

 ポールが大声で叫ぶと、兵士たちも国境を守る駐屯兵のみが残され、引き上げ始める。

「あ、そうだ」

 くるりとポールがしんがりにいた将軍に振り返る。

「陛下からたまわったことがあるんだ」

「陛下から?」

 首をかしげたオーソンは焼けるような熱さに顔をゆがめる。

 ゆっくりと視線を落としていくと、ポールの剣が深く腹に突き刺さっていた。

「な……」

「ごめんな。陛下はおまえを恐れてるんだよ」

 信じられないものを見る目で、オーソンはポールを見つめた。

 周りを固めていた部下たちも顔をそむけている。みな、王から命令を受けていたということだ。だれひとり声を上げることはなかった。

 ポールも苦しそうに顔をそむけた。

「ごめん……王城には、妹がいるんだ」

 ポールがズッと剣を抜いた。

 急激な失血に目の前がぐにゃぐにゃとゆがんでくる。

 馬の上でバランスをとっていられない。

「陛下は、俺の言葉を、信じては、くださらなかったのか」

 オーソンの身体がななめにかしいだ。

 

          

C) Copyright Yuu Mizuki  2005-2008.  All  rights  reserved.