第六章 ドラゴンの瞳
2.
「でも、魔石であるあなたがなぜ女王を操っているのよ?」
「わらわがわらわの主と交わした契約は、リコルルを守ること。そして、正しき王に玉座を渡すことじゃ」
「正しき王?」
「そうじゃ。邪悪なるものたちからリコルルを守り、そしてあいつの……我が主の思いを継ぐ正しき王に玉座を渡すこと。それまで玉座を守ることがわらわの使命じゃ」
「その正しき王に玉座を渡すために、あなたが女王をしているの?」
「そうじゃ。先王はそれなりによい王だった。ゆえにわらわは手出しをせなんだ。しかし、第一王子はだめじゃった。あれは野心ばかりが強くて、民のことを考えられぬ。第一王女も贅沢三昧で、自分を持ち上げる低能な家臣しか周りに置かぬ」
女王はそこで言葉を止め、自分の胸をさした。
「第二王女、この身体の持ち主は気が弱い。頑固なところもあるが、大臣たちが強く出てくると反論できなくなる」
「それで、チェルトを?」
「そうじゃ。しかしあれはウィザード、今のままではまだ家臣たちをうなずかせられぬ。ゆえに、手を打つ途中だったのじゃ」
それなのに、と女王はいまいましそうにリズリアをにらみつけた。
視線のきつさならルカだって負けていない。
だが、彼女のあの鋭い視線をとは比べ物にならない威圧的な視線に、リズリアはビクリと身を震わせた。
その器が人であることで、かろうじて女王の射殺しそうな視線をかわせたのだろうと、リズリアは安堵の吐息をもらす。
そろそろと視線をそらし、ドラゴンの瞳と女王を見比べる。
「おどろいたわ。こんな小さなただの珠とあなたの首にかかっている大粒のその宝石とが同じマイティ・ジェムだなんて。とても同じには見えないわ」
「わらわとそれは、与えられた力も役目もちがう」
「そうね。どんなジェムだって一つとして同じジェムはないわ。ジェム自体もちがうし、使う人によっても使われ方がちがってくるわよね。でも、それと人体からジェムを抽出するのとどう関係があるのよ!」
「この国の王たちはドラゴンの瞳の使い方を忘れてしまった。それが正しく機能しないから、わらわがリコルルに集まる邪気を浄化し続けるためには、他のジェムの力を借りるしかなかった」
リズリアはカッとなって、声を荒げた。
「あなたが生きるために、他の人たちの生命を奪うというの!」
「人間とてそうして生きておるではないか。他の生物の命を食べ、生きておる。それとも、人間は特別で、わらわはモノだから、どうなってもいいと申すか」
「そっ、それは……」
「魔力を持つジェムが作り出され、世界に作用する力が生まれた。そなたたちの力になるジェムがあるのならば、なぜ世界にそなたたちの害となるジェムが生まれると思わなんだのか」
「私たちの害となるジェム?」
「そうじゃ。力は力にすぎぬ。だが考え方には善と悪がある。そなたたちは使うもの次第と言うが、使うものがおらずともその邪悪なる力を振りまくジェムもある。人間は知らぬだろう、わらわたちマイティ・ジェムが、それらのジェムからまき散らされる生き物の精神をむしばむ力を浄化しているのを」
リズリアは信じられなくて弱弱しく頭を振った。
そんなの、聞いたことなんてない。
「うそよ、そんなの」
「生き物に、生まれたときから邪悪な存在となるものがあるのか?いつも攻撃的で他者を傷つけるのは生まれついてか?そんなはずはあるまい。なにかきっかけとなることが、そのものの心を病ませるなにかがあったはずじゃ。心の闇につけこんで、精神を侵食していくのがイビル・ジェム―――わらわたちが浄化しているものじゃ」
「そんな……でも……それならあなたは国民を守るはずじゃないの?」
「そうじゃ。そうしたジェムから国を、国民を守るのもわらわの使命じゃ。じゃがそれ以上に守らねばならぬのが、その封印じゃった」
女王がリズリアの手のひらの上に転がる小さな珠を見つめる。
「そのって、これ?」
リズリアは信じられないとでも言うように小さな珠を凝視する。小さな珠からは強い力など感じられない。むしろ、目の前の女王のジェムから圧倒的な力を感じる。
「そうじゃ。それは、マイティ・ジェムの中でも特殊なもの。イビル・ジェムではないが、あまりの破壊力に封じられたジェム。それが、ドラゴンの瞳じゃ」
「そんな。チェルトはそんなこと一言も言ってなかったし、そんな話……」
ジェムハンターをしているが、聞いたことがなかった。ルカもエリアも、そんな話をしていなかったところを見ると、知らないと思われる。
「永いときの流れの中で、埋もれて消えた遠い記憶じゃ。いまや管理者であったリコルルの王家すら覚えておらぬであろ?それほど、遠い昔の話じゃ」
遠くを見つめるように目を細めた女王は、視線をリズリアに戻した。
「使い方次第で世界すら滅ぼせる危険なものであるから、リコルルの王たちはそれを護る者、つまり王位を継ぐ者を選びながら脈々と受け継いできたのじゃ。そのために、わらわもまた、尽力してきた」
だからこそ、先王の第一王子と第一王女、そしてこの第二王女ではダメだと思った。
そんなとき、亡き先王の遺児が、気が弱いのに頭は回るこの第二王女によって隠されていたことを七年前に知った。
あきらめかけていたところに差し込んできた一筋の光だった。
ちょうどそのとき、ドラゴンの瞳とイビル・ジェムを浄化するにはもう限界だというところまできていた。
浄化をやめるか、壊れるか、そのギリギリの境界まできていたのだ。
だからその村から実験を行ってみようと思った。
人間の満ち溢れる生気を借りて、浄化する方法を模索しようと思った。
だが生気をジェムにするまではよかったものの、ジェムから取り出す力の加減がわからず、死に至らしめるまで吸い取ってしまった。
手探りで行われた実験は、多くの犠牲を払ってしまった。
取り出したジェムの持ち主たる肉体が保つのは一年が限界だということも後で知った。生気を借りながら浄化を行うためには、半年サイクルで別の村に変えねばならないことも後の実験からわかった。
「最初の実験は失敗してしまったから、次からは失敗せぬように―――」
「最初の実験?」
「ロワード村の前に起こった、人体からのジェム抽出実験だよ」
突然割り込んだ第三者の声に、リズリアと女王がそっちへと顔を向ける。
いすにぐったりとして座っていたはずのチェルトが、額を押さえながら顔を上げるところだった。
「チェルト!」
思わず壁を取り外し、リズリアはチェルトに駆け寄った。
「だいじょうぶ?チェルト?」
「平気……」
触れていいものかどうかと触れられずにいたリズリアを、チェルトが見上げる。
「どうしてリズがここに?」
「え?えっと、だから、チェルトを助けに来たのよ!」
「……僕を?」
「そうよ!私、チェルトを助けに来たの!」
チェルトがぱちぱちとまばたく。
リズリアはその視線が怖くて、そうだっとあわてて付け足す。
「だってさ、私これをあずかりっぱなしだったし」
リズリアは持っていた金の宝珠をチェルトに差し出す。
「ドラゴンの瞳……わざわざそれのために?」
チェルトがリズリアからそれを受け取る。
「ねぇ、チェルト。さっきの話って、どういうこと?」
「さっきの話?」
「ロワード村よりも先に、実験がなされたって?」
「……ロワード村の前に、エンフェスの民の村で、実験が行われていたんだ」
「エンフェスの民の村って、チェルトの?」
「そう。七年前、僕が村を出てから、みんなは……」
チェルトが自嘲するような笑みを浮かべた。
「バカな話だな、いくら手紙を書いても、返事なんて返ってくるわけがなかったんだ」
「チェルト……」
チェルトは両手で顔をおおった。
「大切なものはみんな失ってしまった……僕には、もうなにも残っていない」
「残ってるじゃない!」
突然声を荒げたリズリアに、反射的にチェルトが顔を上げた。
チェルトと視線を合わせて、リズリアは口を開く。
「残ってるじゃない、チェルトにはお姉さんが、女王が」
「リズ……」
「あのマイティ・ジェムだって、チェルトのこと、とっても心配してる」
「え?」
チェルトが驚いて目を見開く。
そしてすいっとその視線が立ち尽くしている女王に向けられた。
「厳しいひとなんだってのは、わかったわ。全体のためならささいなことも切り捨てられるっていうのもね」
失敗を恐れず、そして失敗しないよう最善の策を探れるような政治能力も備わっている。たとえ失敗しても、失敗を繰り返すことなくそれから学ぶだけの力もある。
わからないからといって、後回しにしたりしない。わからないなりに、最も効果的で、もっとも利益の多い策を取ろうとすることができている。
正確には、ひとっていうのはおかしいかもしれない。
だが、意思を持っている以上、ひとと変わらないような気がした。
「本当にウィザードがきらいだったら、城にわざわざ集めて仕事を与えたりするかしら?」
「…………」
「私がいま接しているひとだったら、そんなことしないと思う。じゃあ、なんで集めたりしたのかしら?」
ウィザードを集めたなんらかの理由があったはずだ。
少し話しただけだけれど、なんの打算もなく、計画もない状態でなにか事を起こすようなひとではないと言える。
「チェルト。あなたのためなのではない?」
「僕の、ため?」
「そうよ。あなたが言ったじゃない。ウィザードの扱いって、こんなもんだって。それって、この城に来てから急に変わったものではないでしょ?」
チェルトが長いまつげを伏せる。
「前に失言で言った意味ではないけど、あなたのために、同じ力を持つ人たちを集めたんじゃない?」
「…………」
「城に来たウィザードたちの中には、仲良くなったひともいるでしょ?気兼ねしなくていい友人、できたんじゃない?」
チェルトはゆっくりと首をめぐらして、女王に向ける。
女王はチェルトから顔をそむけていたので、どんな表情をしていたのかはわからなかった。
「前にも言ったけど、ルカはウィザードの被害を受けているの。ウィザードが引き起こす事件のことを憂慮して、城に集めていたのではないの?」
いずれ王位に就くはずのチェルトにとって、不利なことにならぬように。
そうしたことを引き起こしてしまわざるを得ない状況にあるウィザードに仕事を、そして知識を与えるために。
「……ウィザードを追いやるために、わらわがうわさを流したのかもしれぬぞ」
女王はふいっと顔をそむけたまま、リズリアたちを見ようともしない。
肯定も否定もしない女王に、チェルトが顔をゆがめた。
マイティ・ジェムは、うそがつけない。
本当のことを言わないことはできるが、うそは決してつくことはできない。
不器用な優しさ―――それはまぎれもない女王なりの気遣いだったのかもしれない。
「口で言わずにわかってもらえるなんて思ったらいけないわ。言わなきゃわかってもらえないんだから。察してもらおうなんて都合のいいこと考えちゃダメ」
以心伝心なんて、ない。付き合いが長くても、なかなかわかりあえないのが人間だ。
そう簡単に相手がわかるようになるほど、単純な生き物ではない。
女王はなにも言わずにぎゅっと自分を抱きしめている。まるで自分を守るように。
チェルトは穏やかにうなずいた。
「そうだね、わからないよね」
「そゆこと。つまり、チェルトにはお姉さんも、女王もいるってこと」
それに―――私もいる。
心の中で、リズリアはつけ加えた。
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