第六章 ドラゴンの瞳
 

1.


 

 階段を登って王座の間に入ると、案の定、近衛騎士らしい男たちが立っている。突然やってきた不審人物に気づいて、騎士たちが剣を抜く。

「何者だ?」

「我が王は忙しい。謁見許可のないものにまで会うことはできぬ。立ち去れ」

「悪いけど、押し通らせてもらうわ!」

 リズリアはあらかじめ準備しておいたジェムを騎士たちに向ける。

「我が敵を弾き上げろ、アースジェム!」

 濃い緑色のジェムがカッと光を放つと、剣を構えていた騎士たちの足元の石畳がぐにゃりとゴムのように柔らかくなり、男たちをまるでトランポリンのようにはね飛ばす。

 予測不能のその動きに、騎士たちが間抜けな悲鳴を上げる。

「うわあっ!」

「なんだこれはっ!」

「悪いわね。あんまり時間がないのよ。我が敵を吹き飛ばせ、ウィンドジェム!」

 宙に浮いた騎士たちを、突風が襲う。

 避けることのできない騎士たちは、そのまま壁に叩きつけられ、がちゃがちゃとよろいを鳴らしながら重力に従って落ちてくる。

 だが予想に反して、騎士たちは苦しげな息をはきながらも剣を支えに立ち上がる。

 よろいを着込んだ騎士たちには、壁への激突と落下ではたいしたダメージにならなかったようだ。

「あらら、予想外」

「おのれ、賊の仲間であったか」

「陛下に近づけはせぬ」

「しかもやる気出させちゃった」

 ここはあっさりと伸して、さっさとチェルトのいる場所に向かうはずだったのに。

 これは予定外だ。

 騎士たちが剣を構え、リズリアに迫る。

 対人間の戦いのプロに対抗するには、探索と遺跡のガーディアンを相手取るジェムハンターでは少々不利だ。

 リズリアは騎士たちと正面きって戦うことをあっさりと放棄した。

「我につばさを、ウィンドジェム!」

 声と同時に、リズリアはふわりと剣の届かない宙へと飛び上がる。

 宙へと浮かび上がり、騎士たちを見下ろすリズリアに、

「卑怯な、下りて来い!」

「正々堂々と勝負しろ!」

 騎士たちが口々に言い立てる。

 リズリアは眉根を寄せ、ふところを探る。

 ウィンドジェムではよろいには勝てないし、アースジェムはもともと補助系で、攻撃には不向きだ。

 騎士たちを殺さずにこの場を切り抜けるには、あのジェムを使うべきだ。

 リズリアは黄色いジェムを取り出した。

「ま、ここは威力を加減してこれにするしかないわね」

「なにをぶつぶつと言っているのだ!」

「我らに恐れをなしたのか!」

「そんなわけないでしょ!あきらめないって、約束したのよ」

 リズリアはウィンドジェムの効果を解除する。

 宙から落下しながら、リズリアは叫んだ。

「我が敵を撃て、サンダージェム!」

 黄色のジェムがカッとかがやいて、騎士たちをいかずちが襲う。

 悲鳴を上げる間もなく、騎士たちはあっさりとダウンした。

 トッと軽い音をたてて床に降り立ったリズリアは二人の騎士に目を落とした。

「ジェムマスターの不便なところって、やっぱ二つ同時にはジェムが使えないところだわ。やっぱりウィザードのほうがなにかと便利じゃないの」

 むぅっとくちびるをとがらせながらも、

「まあ結果オーライよね」

 一人でうなずいた。

「さすが、やっぱ金属には雷が効くわ」

 電撃で伸びて、すっかり床に倒れ伏している騎士たちにごめんねと小さくあやまって、王座の間を抜け、リズリアは階段を登る。

 階段を登った先の大扉を両手で開けると、長い金髪を色とりどりの髪飾りで複雑に編み上げた美女が振り返る。

「だれじゃ」

 襟ぐりの大きく開いた大胆な赤いドレスを着込んだ美女の白い胸元には、よく映える大粒の青いペンダントがかがやいていた。

 彼女が手を置いているいすには、ぐったりとしたチェルトの姿があった。

「チェルト!」

 リズリアが叫ぶと、美女が形のよい片眉を跳ね上げる。

「これを知っておるのか」

 碧い瞳を細め、美女が身体をリズリアに向ける。

 大人の魅力を存分に振りまく美女に、思わず見入っていたリズリアはあわてて頭を振った。

 フィリップは、大扉の向こうに王がいると言っていた。

 部屋を見回してもここにはリズリアとチェルトとこの美女しかいない。

 ということは―――

「リコルル王は、女王だったの?」

「いかにも、わらわがリコルルの王じゃ」

 女王があでやかに笑った。

「知らなかった……」

「わざわざ言って回る必要性はなかったからのう。それよりそなた、どこでこの子と知り合ったのじゃ?」

 不思議なことよの、と女王はもらす。

「この子を外に出したのは、二度しかないというのに」

「あなたが嫌がってるチェルトを無理やり城に呼んだんでしょ!それに、チェルトは外に出たがってたのに」

「ほう。これをよく知っている口ぶりじゃな」

 リズリアのことを上から下まで見回して、女王は納得がいったようにうなずいた。

 愛しそうに女王はチェルトの髪をなでると、リズリアに口だけで笑って見せた。

「せっかくここまで来たのじゃ。そのまま返すのではおもしろくなかろう。ゆえに改めて紹介してやろう。これはわらわの大切な弟、チェルト・エルヌス・リコルルじゃ」

 リズリアは驚きに目を瞠った。


 

 頭の中が混乱して、なにを言っているのかよくわからなくなってきた。

 理解できない。

 リズリアは震える声で聞き返した。

「なにを、言っているの?」

「聞こえなかったのかえ?ならばもう一度だけ言ってやろう。この子はわらわの弟、リコルルの王弟チェルト・エルヌス・リコルルだと言ったのじゃ」

「リコルルの、王弟?」

「そうじゃ。わらわのものなのがわかったであろ?部外者はさっさと下がるがよい」

 まったく、衛兵はなにをしておるのか、と女王は不愉快そうに眉をひそめた。

 頭が混乱して、目の前の女がなにを言っているのかわからない。

「待ってよ、だって、チェルトはチェルト・エンフェスだって……」

「エンフェス?ああ、いっときあの辺境の民に預けておったからの。優しい子じゃからな、あれらに情でもうつったのじゃろ」

「情って、犬猫じゃないのよ?」

「変わらぬではないか。何がちがう」

 不思議なことを聞くという顔をして、女王は小首をかしげる。

 リズリアは信じられないものでも見るように、女王を凝視する。

「なに、言ってるの」

「小動物に対するものも、ひとに対するものも、気持ちに変わりはなかろう」

「それはそうだけど……」

 戸惑うリズリアのようすを見て、女王は目を細める。

「そうか。そなたがあれの耳に入れたのか」

「な、なんのことよ?」

「あれが知らずともよいことを」

 余計なことを、と女王は小さく舌打ちした。

「知らなくていいことって?」

「知らぬほうが幸せなことなどいくらでもあろう。あれの耳に入らぬよう、いろいろと手を打っておったというのに」

 いっしょにいた間に話したことだろうか。

 リズリアは眉をひそめて聞き返す。

「なんのことよ?」

「うわさになっておる、ジェムの事件のことじゃ」

「っ!ロワード事件!」

「チェルトもそう呼んでおったな。庶民はあれのことをそう呼ぶのか」

「やっぱり、あなたが!」

「…………」

 否定も肯定もしない女王にリズリアは、くちびるをかんだ。

 目の前にいるのが、父と母を、村をあんな目に合わせた張本人。

 そうは思うが、ここで取り乱しては勝てるものも勝てなくなってしまう。

 リズリアは息を整え、

「交換よ!あなたが大事なのはこれでしょ!だからチェルトを返して!」

 チェルトから預かっていた宝石を取り出す。

 黄金にかがやく、小さな宝珠がころころと手のひらで転がった。

「それはっ!」

 女王の顔色が一瞬にして変わる。

 リコルルの国宝、ドラゴンの瞳だ。

「なぜそなたがそれを持っている!」

「チェルトからあずかったからよ」

「返せ!それはリコルルに伝わる秘宝ぞ!」

 女王が走り寄ってくる。

 すかさずリズリアはジェムを取り出した。

「我を守る盾を!ライトジェム!」

 リズリアの前に目に見えない透明な壁があらわれ、女王の行く手をさえぎる。

 見えない壁に手をついて、女王はぎりっと奥歯をかみ締める。

「おのれ」

 女王の身体から魔力があふれ、部屋の温度を徐々に下げていく。

 白い息をはきながら、リズリアは確信に満ちた目で女王を見つめる。

「ジェムの中のジェムと呼ばれる通称ドラゴンの瞳は有名なジェムだわ。なぜこれほど有名になったのかしら。使ってみても、特に効果があるものではなかったけれど」

 ピンチもピンチ、大ピンチのあのとき、洞窟で使おうとしたがなにも起こらなかったことに非常にあせった。

 けれど、このジェムがいつも使っている類のものとは用途や目的がちがうものだとしたら。

「ずっと忘れていたけれど、私は父さんの話を思い出した」

「いったい何の関係が……」

「これは、マイティ・ジェム」

 女王が小さく息を呑んだ。

「長い長い時をかけて、大自然が作り出した意思持つ魔石。そして―――あなたのその胸のやつも!」

 女王はリズリアから視線を外さずに、胸にかけられた青い大粒の宝石をぎゅっとにぎりしめた。

 父の夢を見て、あらためてこのドラゴンの瞳を見たとき、そうではないかと少し思っていた。

 女王の態度と、その身からあふれ出る魔術の力でリズリアは推測を確信に変えた。

「そう、やっぱりそうなのね。ということは、今のあなたって、本当の女王さまじゃないんじゃないの?」

「……どういうことじゃ」

「あなた、そのマイティ・ジェムの、魔石の意思なんじゃないの?それで、その女王さまの意思を乗っ取っているんじゃないの?」

「…………」

 女王は青い顔をしたまま、形のよい桜色の爪を神経質そうにかんだ。

「当たりみたいね」

 リズリアはライトジェムを持つ左手を下ろした。

 ジェムはきっと、うそがつけないのだ。だから取り繕うことをしなかったのだろう。

 女王は取り乱しそうになったことでその身からあふれていた力を引き戻す。

 冷気に包まれていた部屋が暖かくなる。

「その通り、わらわははるかいにしえから永きときをかけ創られたマイティ・ジェムの一つじゃ」

「天然宝石の中でも他を凌ぐ力を持つといわれる意思持つジェム、輝石か。見るのは初めてだわ」

「当然じゃ。わらわたちの多くはすでに主を決めておるし、決めておらぬ奴らはまだ人の手の届かぬところでまどろんでいるのじゃから」

 雪深い氷に閉ざされたあの秘境で、運命ともいえる主に出会った自分のように。

 目の前に立つものが本当にマイティ・ジェムなら、リズリアの使うジェムマジックではとうてい太刀打ちできない。

 リズリアはごくりとのどを鳴らした。

「なぜ、力を使わないの?」

「わらわにとって、そなたら人間など赤子も同然。今すぐそなたを葬らずともいつでも手が下せるわ」

 当然のようにふんっと鼻を鳴らし、女王は腕を組んでリズリアを見下ろす。

 ちらりとその視線がチェルトに向かうのをリズリアは見逃さなかった。

(チェルトを、巻き込みたくないんだ)

 広い部屋とはいえ、この部屋には女王とリズリア、チェルトがいる。

 そして先ほどの冷気のすさまじさからみて、まちがいなく氷の宝石のはずだ。被害はリズリアだけにとどまらないだろう。

 とりあえずの危機が去ったことを安堵し、リズリアはため息をもらした。

 

          

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