第五章 氷の女王
1.
目の前のカードを見つめ、エリアは難しい顔をしていた。
「あれ、もう帰ってきたのかい?」
夕方から風呂に入ってご機嫌なルカが、鼻歌を歌いながらバスルームから出てくる。
「アンタももっとゆっくりしてこればよかったのに。リズみたいにね。あの娘、ちゃっかりまだデートを楽しんでるんだからさ」
「デートなんかじゃ……」
エリアの頬がぱっと赤く染まる。
「せっかくアイツに会えたんだろ?荷物もちでもなんでもさせて、いっしょに過ごしゃよかったのさ」
タオルで髪をふきながら、ルカはバスローブを着たままエリアの手元をのぞきこむ。
「なんだい、またなんか占ってたのかい?」
「……ええ。まあ」
エリアがいつになく歯切れ悪い答えを返す。
機嫌よさそうだったルカが眉をひそめる。
「なんか、ヤな結果が出たのかい?」
「ルカ、見て」
エリアは手元を示す。
テーブルの中央に裏を向いたカードが集められ、表を向いたカードが二枚、エリアの前に置かれていた。
カードを見るだけでは結果のわからないルカは先をうながす。
「なに?」
「これ、これは裏切り者を示すの」
エリアの細い指がカードをさす。
ルカがすっとんきょうな声をあげる。
「裏切り者ぉ?裏切り者って、仲間内から仲間を売るやつが出るっていう意味だろ?アタシらのうちから、どうやって出るのさ?」
「そうね」
「外れたことがないのはわかってる。でも、アタシやエリアじゃないだろ?リズでもない。そうしたら、アイツらのうちのどっちかっていうのか?」
組んでから長いリズリア、エリア、ルカが仲間を裏切るなんて今さらだ。
そうなると、今いるのはチェルトか、レオンか。
エリアは表情をくもらせる。
「そうは言わないけど……」
「で、そっちは?」
ルカはもう一枚のカードをさす。
「これは協力者」
「協力者?」
「裏切り者と協力者のカードが出たの」
「それって、相反するものじゃないの?」
「とは、限らないわ」
ばたばたと階段を登ってくる足音が聞こえてくる。
エリアはさっと二枚のカードを手に取った。
ルカはテーブルに腰かける。
ぎしりと床がきしんだ音をたてた。
「アンタの占いはアタシも信じてる。念には念を入れて、少し肝に銘じておくよ」
「そうしてくれると、ありがたいわ」
エリアはカードを片づける。
はかったようなタイミングで、リズリアがとびらを開ける。
「ただいま〜」
「お帰りなさい、リズ」
エリアは何事もなかったように笑顔で迎える。
「聞いて聞いて〜、チェルトにも見せたけど、これ〜!」
リズリアはふところから黄緑色のジェムのはまったブローチを取り出してみせる。
「ウィンドジェムなの!」
「ああ、あのキメラにこわされて泣いてたもんね」
「そう、でも買えたの」
「ファイアジェムは?あれもいっしょにこわされたんでしょ?」
「あれは今度に見送り」
リズリアはうっとりとしながらジェムに見入っている。
ルカは苦笑しながらドアを閉めているチェルトにチラリと視線を送る。
そのままリズリアに訊ねる。
「で、いくらしたの?」
「金貨七枚」
「七枚……まあ、安くできたわね」
「でしょお?値切ったんだもん。細工されたやつだったけど、いいやつでしょ?」
「たしかに、きれいね」
エリアが一つうなずいた。
「最近名前のあがってきたジェム細工師の、トルワ・マグナールが作ったんだって」
「ああ。ジェム細工師で腕がいいって、少し有名になってきたっていう」
エリアが聞き覚えのあるジェム細工師になるほどと言う。
他人にあまり興味のないルカがふーんとつぶやく。
「そうなのぉ。えっへへへ〜」
「それで七枚なら値切れたんじゃない?」
「でしょでしょ?」
「みんなそろったみたいだな」
レオンが箱を持って入ってくる。
エリアがかたんと席を立つ。
「出すの?」
「二人が帰ってきたんならな」
「なに、レオン?」
ルカが訊ねると、レオンが箱を持ち上げた。
「エリアと買ってきたんだ。食べるだろ、ケーキ」
「食べる食べる」
ルカがうれしそうにひょいとテーブルから下りる。
「お茶をもらってくるわ」
エリアが部屋を出て行く。
ルカはいすを一つ引いて座る。
「いいね、ケーキ」
「だろ?夕飯の前に少し食おうぜ」
「賛成!腹減ってたんだ」
「ルカは別に動いてないじゃん」
リズリアがくちびるをとがらせる。
「いいじゃないの。甘いもん好きなの」
「食べ過ぎると太るよ?」
「アタシ、食べても太んない体質だから」
「むぅ〜!」
「リズ、レオンにも見せるんだろう?」
チェルトが言うと、リズリアがぴょこぴょこ飛び跳ねる。
「そうだった!見て見て、レオン!」
あっさりと機嫌を直して、リズリアは自慢のブローチを見せに行く。
「お、また買ったのか?」
「この間のハントでさ、二つもジェムがこわれちゃったのよ」
「へえ。そうなのか。で、ウィンドジェムを買ったのか」
「私といちばん相性のいいジェムだもん」
「そうなの?」
ちょこんと行儀よくいすに座ったチェルトが訊ねる。
「言ってなかったっけ。私、ウィンドジェムがいちばん相性がいいの」
リズリアの大事に抱えているブローチをのぞきこむ。
「そのわりには、いつもみたいに自然派じゃねぇな」
「なかったのよ。これしか。でも、いい品でしょ」
「まぁな。よく見つけたよ」
「でしょでしょ?でもさ、そのせいでチェルトのこと置き去りにしちゃってさ」
リズリアがあはははと笑いながらぺろりと舌を出した。
それを聞いてレオンがあきれかえる。
「おい、どうせおまえが案内してやるって言い出したんだろ?放って行ったのか?」
「そうなんだけどさ〜。ジェムを見ると、ついね、つい」
「よくこんな危なっかしいやつについて行こうと思えるよな」
レオンがちょっと同情的な目でチェルトを見やる。
聡明なチェルトはそこは笑ってごまかした。
「ちょっとレオン、それってひっじょうに私に失礼だなとか思わないわけ?」
「思ったことねぇなぁ」
「なんですって?」
「こりないねぇ、リズもさ」
ルカがくすくす笑う。
レオンを相手にするといつもこうなるのを覚えているだろうに。
おもいっきり嫌そうに顔をしかめて、リズリアはふんっとそっぽ向く。
「レオンが悪いのよ。そうやって私のこといじめてばっかり。エリアやルカにはそんなことしないのにさ」
「エリアは別だろ。ルカはやったら徹底的にやりこめられそうだもん」
「私ならいいってか!」
「おまえなら後くされないし」
「そういう考えがイヤ!」
「あらあら、けんかはダメよ」
五人分の紅茶をトレイに載せて、エリアが戻ってくる。
リズリアはふんっと鼻を鳴らしてレオンから遠く離れながらベッドの上に腰かけた。
「さ、お茶にしましょう」
エリアは皿にケーキを移していく。それをレオンがフォークをそえて配っていく。
「うまそうじゃん」
ルカがにやにやしながらうれしそうに言う。
イチゴの乗った、生クリームのケーキは食欲をそそる赤と白のコントラストだ。
「エリアが選んだからな。おまえも甘いものだいじょうぶだよな?」
チェルトに皿を渡しながら聞くと、チェルトはこくりとうなずいた。
「食べられるよ」
「いや、そうじゃなくて、好きか嫌いかってこと」
「あ、うん、好きだと思う」
「もしかして、あまり好きじゃなかった?」
エリアが眉根を寄せる。
あわてたようにチェルトが手を振った。
「ううん、そんなことないよ。ただ、あまりこういうものを食べる機会もなかったから。うん、おいしそう」
皿を受け取ってチェルトはそれに視線を落とす。
レオンはリズリアに皿を持っていく。
「悪かったよ、おまえを見ると、ついいじめちまうんだよ。妹分だしな」
「妹いじめるなよな、兄貴」
「わりぃわりぃ」
レオンは悪びれずに笑いながらリズリアに手渡す。
エリアもケーキを手にして、両手を合わせた。
「いただきます」
「やっぱ心の栄養ってのは、甘いもんだよな」
ルカがにこにこしながらぱくついている。
「お茶は自分で取ってね。こぼれるといけないから、テーブルにおいておくから」
「は〜い」
おとなしく言うことを聞くリズリアとルカ。
エリアはおごそかにうなずいた。
「よろしい」
「あれ、レオンは食べないの?」
チェルトが小首をかしげて訊ねる。
レオンが苦笑いを浮かべてほおをさする。
「それがさ、虫歯になっちまって。しばらく甘いものは禁止されてんだよ」
「そうなんだ」
「え〜、意外!レオンって、健康だけがとりえなのに」
フォークでびしりとレオンをさしながらリズリアは言い切る。
「おまえな、そんなぶっそうなもんでひとをさすな。それに、おれのとりえは健康だけじゃないのよ?」
「ふうん」
「あ、その目は信じてないな?ホントだって」
ルカは声をあげて笑っていた。
「そりゃアンタ、ムリってもんだ。日頃の行いが行いだもんな」
「ひっでぇなぁ」
おおげさにレオンが肩をすくめる。
甘い物好きな女の子たちはさっさと食べ終えてごちそうさまと両手を合わせている。
「甘いもんはやっぱ好きなんだけど、食べると口ん中べとべとするんだよな」
ルカは紅茶を手に取ろうと手を伸ばそうとする。
うまく力が入らなくて腕があがらない。
信じられないものでも見るような目で、ルカは自分の腕を見つめる。
「あれ?」
「ルカ?」
がしゃんっというなにかが割れる音と、ぼすっという音に、エリアが視線をめぐらせると、リズリアがころりとベッドに転がっている。
床にはこわれた皿が破片を散らせている。
「リズまで?」
「エ、エリア、力が入んない」
ベッドに転がったまま、リズリアが息をはき出すように言った。
腕がしびれたようで、全身がなまりのように重たい。
身体に力が入らない。
エリアが顔をゆがめる。
食べるのが遅いチェルトは半分以上残ったケーキを見つめる。
まさか、そんな。
すがるような視線を、レオンに向けるが、レオンはとびらの方を見つめていた。
きいっとドアのきしむ音に、首をめぐらせる。
入り口には、騎士姿の男が立っていた。
「お迎えにあがりました」
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