第四章 ウィザード
 

1.


 

「それで?」

 壇上の美しい王が、笑みをたたえて訊ねる。

「たった三人にやられて、そのありさまか?」

 近衛騎士を筆頭に、兵士たちはがたがたと震えながら階下にひざまずいている。

 文官らしい男は顔すら上げられなかった。

 騎士はごくりとのどを鳴らした。

「もうしわけございません、我が君」

「そう。そうか。おまえたちはたった三人の逆賊にやられたのじゃな」

 片手でぱさりと扇を開いて、王は口元を隠す。

 見下ろす青い瞳は氷のように冷たい。

「わらわは、役に立たぬものがいちばん嫌いじゃ」

「ど、どうか、どうかお許しを!」

 この場に似合わぬ文官がひざ立ちで前に出た。

「わらわの命は、それほどまでに難しかったかえ?」

 王はさえずるように告げる。

「ひと一人、満足に見ていることもできぬのか、おまえは」

「ひっ」

 文官が悲鳴を飲み込む。

 兵士たちの身震いでかしゃかしゃと金属がこすれる音がする。

 しんとした玉座の間では、ひどく耳ざわりだった。

 興味をなくしたように、王は兵士たちに目を向けた。

「おまえたちもだ。訓練を受けたはずのおまえたちが、たかが野盗の類に負けたと?」

 騎士は震える声で、進言する。

「恐れながら陛下、相手はただの野盗ではございません」

「だったらなんだというのじゃ」

「相手にはジェムマスターもおりました。それに、やたらと手馴れている様子で―――

「野盗が奇襲に馴れんでどうする」

「は、その通りではございますが……」

 ぱたぱたとゆるくあおいでいた扇をピシャリと閉じる。

「わらわの城に、役立たずは必要ない。連れて行け」

 扇の先で、大扉をさす。

 そばに控えていた騎士たちが、両脇について王の前の者たちを連行する。

「へ、陛下!なにとぞ、なにとぞお慈悲を!」

「い、いやだ、死にたくない!」

「陛下ぁ!」

 わめく男たちを、騎士たちは無言で連れ出て行く。

 王は不愉快そうに眉をひそめた。

「いつの間にか、質が落ちたものよのう」

 連行していく騎士たちの横をすり抜けて、そばを離れ、城を出ていた側近が戻ってくる。

 ちらりと連れ出されるものに視線をやるが、何事もなかったかのように王に向き直った。

「陛下」

「ようやっと戻ったか」

 フィリップはぶ厚いじゅうたんの上にひざをついた。

「積荷の行方、判明してございます」

「まことか?」

「はい」

 王は扇でひじかけをぱしっと叩いた。

「ようやった。して、いったいどこにあるのじゃ」

「王都より程近い場所に」

「そうかえ」

 満足そうに王は微笑む。

 甘い声で、王は側近を呼んだ。

「フィリップ」

 少し遅れて、フィリップは答える。

「はい」

「積荷を受け取りに参れ」

「……陛下の仰せのままに」


 


 


 

 あれから一週間が経っていた。

 別の村に移動してジェムを売ってから、王都にほど近い町にやってきていた。

 王都からは一日の距離だ。

 この辺りではいちばん大きな町だといえる。

 見晴らしのいいそれなりの宿に、一行は滞在していた。

「にしても、あのジェム、思いのほか高く売れたな」

 ルカが宿の部屋でくつろぎながら言うと、エリアもうなずいた。

「そうね。洞窟はちょっとちゃちかったけれど、ジェムの質はよかったわね」

「だな。しばらくはハントしなくてもいいくらいにはもうけたもんな」

 ジェムの壊れたリズリアはしばらく立ち直れないくらいになげいていたが、ルカもエリアも満足していた。

「これもアンタのおかげだね」

 ばしりととなりのイスに腰かけていたチェルトの肩をたたいた。

「ま、人間一つくらいは人の役に立つもんを持ってるってこったな」

 ルカはいすの背もたれにひじをかけて、ニヤリと笑うと、チェルトが居心地悪そうに身じろいだ。

「役に立ったかどうかは、わかんないけど」

 うなだれるチェルトに、ルカは手を振った。

「いやいや。下手なジェムセンサーよりずっといいってのは、あながちうそじゃなさそうだな」

「あんまり、うれしくない」

 チェルトは不満げに答える。

「なんだよ、いいじゃないの。とりえが見つかってさ」

「そんなのとりえじゃないし。特技にもならないじゃないか」

「ほかのひとにゃない、いい才能じゃないか」

 ルカはテーブルに身を乗り出す。

「いっそのことさ、このままジェムハンターになっちまいなよ。いまなら、アタシらが入れてやってもいいぜ?」

「え?」

「ルカ、やめなさいよ?チェルトが困ってるじゃないの」

 エリアがやんわりととがめると、ルカは残念そうにくちびるをとがらせる。

「なんだよ、いいじゃないか。アンタならさ、ぜんぜんウィザードっぽくないし、多少の迷惑くらいなら目をつぶってやってもいいよ」

「それは私たちの意見であって、押しつけるものではないでしょ?」

「そりゃそうだけどさぁ」

 不満そうに眉根を寄せて、むうっとうなる。

「いいじゃんか。もうこのまま流れというか、なりゆきで、アンタもジェムハンターになっちまいなよ」

「ムリ言っちゃだめよ、ルカ」

 なんだよ、とルカがぶつぶつと文句を言う。

 ばたんっと派手に扉を開け放って、リズリアがかけこんでくる。

「チェルト!買い物行こう?」

「え?」

 かけこんできたリズリアの瞳のかがやきに圧されて、チェルトは目を丸くする。

 リズリアは両手をすり合わせながらにじり寄ってくる。

「宿屋のおばさんが言ってたの。市場で大安売りしてるんだって!だからさぁ、荷物持ちやってくんない?」

 リズリアは甘えるようにすり寄ってくる。

 ルカとエリアは顔を見合す。

 ルカは小声でエリアにささやく。

「リズって、こんなキャラだった?」

「例の、ひとの性格まで変えるっていう、あれじゃないの?」

「あれ?」

「そうよ」

 いまひとつわかっていないルカに、エリアは当然という顔でおごそかにうなずいた。

 チェルトはすり寄るリズリアに困ったように笑った。

「うん。いいよ」

「ホント?いっぱい買うよ?持たせちゃうよ?」

「いいよ」

「やった!ありがと!じゃ、善は急げだ。行こう、チェルト」

 リズリアは座っているチェルトの手を引いて立たせる。

 その手を引いて、部屋の外へと走り出ていく。

 宿の廊下をばたばたと走っていく音が遠ざかる。

 テーブルにひじをついて、ルカはあきれてため息をついた。

「リズったら……」

「あら、彼にやきもち?」

 くすりと笑って、エリアがうかがう。

 ルカは嫌そうに片手を振った。

「そんなんじゃないよ」

「うそ。リズが取られそうで悔しいのね」

 むうっとしたルカはぽんと手をたたいて、にやりと笑う。

「そうだ。リズは買い物なんだから、アンタもレオンとデートしてきたら?」

「えっ?」

 エリアのほおがぱあっと赤く染まる。

「アタシが話をつけてきてやるからさ。アンタも準備しておきな」

 がたんと席を立つと、エリアがルカのそでをくいっと引いた。

「ルカ……」

 うれしそうな、それでいて困ったような複雑な顔をしている。

 その不安と期待の入り混じった顔に、ルカはぷっと吹き出した。

「わかってるよ。エリアが誘ってるなんて言わないし、ちゃんと上手く言っておくから」

「ルカ」

「ん?」

 肩越しに顔だけ振り返ると、

「ありがと」

 目だけでなく顔までそらして、エリアが息を漏らすように言った。

「いいよ」

 エリアはそそくさとかばんのところへと移動して、服を取り出している。

 レオンのために、着替えるらしい。

 その女心に、ルカはあきれつつもかわいいなと思う。

 自分じゃ絶対にやりそうにはないが、いっしょうけんめいなひとを見るのはきらいじゃない。

 となりのチェルトとレオンの部屋に移動して「レオン!」声をかけながら、ルカはいつものくせでノックせずにがちゃりと開け放つ。

 ベランダに立っていたレオンがびくっと身を震わせて振り返る。

 ばさばさっという羽音とともに鳥の影が見えたような気がした。

「ル、ルカか。どうしたんだよ?」

「レオンこそ、なにしてるんだ?」

「いや、リズがさ、楽しそうに出て行くのが見えたから……」

「ふうん」

 ルカは気のない返事をする。

 レオンの言い分をあまり納得していなかった。

「最近しょっちゅうベランダに立ってるだろ?なんか見えるのか?」

「そりゃあさ、ほら、ここって立地条件がいいだろ?町が見渡せるじゃないか」

丘の上に立てられたおしゃれなこの宿は、値段はそれほど高くないのにサービスもいい。

 小高い丘から見下ろすと、赤い屋根の家々が建ち並んでいる。色とりどりの服を着た人々が道の両側の露天をひやかしながら歩いていくのもよく見える。

 いつもとちがう、ちょっとしたぜいたくで、この見晴らしの良い宿を選んだのだ。

「そりゃ、そうだけど……」

 ルカはもともと、盗賊から足を洗って賞金稼ぎになり、ジェムハンターに転向した。

 ひとがうそをついているかどうか、鼻がきくほうだ。

 どこか不自然なレオンにルカは眉をひそめる。

「アンタさ、なんか、変じゃないか?」

「そんなことないぜ?」

 レオンは悠然と微笑む。

 ルカはそんなレオンをじっと凝視する。

 リズリアのおかげか、レオンとのつき合いは短くない。尻尾を出しそうにもないのはわかっていた。

「リズを見てたならわかるだろ?ついでにアンタも買い物をしてきてほしいんだよ」

「リズが行ったのにか?」

「買い物好きのあの子のことだ、旅に必要なものを見に行くってより、掘り出し物とジェムを見に行くだけだよ」

「そりゃ言えてるな」

「だからさ、エリアに行ってもらうから、アンタも荷物持ちくらいしてよ」

「で、ルカは?」

「アタシはるすばーん。たまにはのんびりしたいからね」

 ルカは頭の後ろで腕を組んだ。

 いつもはエリアが宿の一階で占いをして小銭を稼ぎ、リズリアはエリアを守るためについている。

 エリアは占い道具に目がないし、リズリアにいたっては無駄遣いが大好きときている。

 ムダな出費をおさえるためにも、買い物をしに行くのはいつもルカの役目だ。

 ルカは切れ長の碧い瞳で流し目を送る。

「それともなにかい?アンタ、女のアタシやエリアに荷物持ちさせるつもりかい?」

「めっそうもないですよ、レディ」

 レオンが肩をすくめ、おどけて慇懃に腰を折った。

「じゃ、頼んだよ」

「はいよ」

 レオンがルカの横を通り抜けて、部屋を出て行く。

 ルカはベランダに視線を移す。

 明るい日が差されるベランダには、日を反射してまぶしいくらいに白い羽が落ちていた。

 

          

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