第三章 勇気のあり方
1.
鋭いつめが横になぐ。リズリアはそれを後ろに飛んでさける。
「やってくれるじゃない」
リズリアはさっと右手を振るう。
「我が敵を焼き尽くせ、フレイムジェム!」
指にはさんだ赤いジェムがカッとかがやいて、火の玉が飛んでいく。
キメラは尻尾で火の玉を払い飛ばす。
火の玉は壁にあたってかべにこげ跡を残す。
「なんてやつなの!ジェムマジックをはじくなんて!」
リズリアは首を振りながらさけぶ。
ジェムが効かなければ、ジェムマスターは役に立たない。
「はじくんなら、はじけないようなのにすればいいのよ。我が敵を切りきざめ、ウィンドジェム!」
黄緑色のジェムがカッと光って、竜巻が起こる。
竜巻はキメラを飲み込む。キメラはふわりと浮くと、巻き込まれて竜巻の中をぐるぐると回る。
「よっしゃ!」
リズリアはニヤリと笑う。
しかしキメラはばさばさと竜巻の中でつばさをはためかせる。
「そ、そんなんじゃどうあがいたって……」
リズリアの言葉には反応せず、ばさばさとつばさをはためかせ、内から造られた風で竜巻を相殺させる。
「うそ……」
リズリアはあっけにとられてぽかんと口を開ける。
竜巻の消え去ったところへふわりと着地してみせ、キメラは冴えた目をリズリアに向けた。
「やってくれるじゃないの」
リズリアは冷たい汗がこめかみを流れるのを感じた。
ふつうに攻撃しても、はじかれてしまう。
だがはじき返せない攻撃は相殺されてしまう。
それはつまり、ジェムマスターでは相手にならないことを示している。
「打つ手なし?」
だからといって、逃げるわけにはいかない。
これからの生活のためにも、このジェムはなんとしても手に入れたい。
それに―――ちらりとリズリアは後ろを見やる。
巨石の影で不安そうにリズリアを見つめている金の双眸。
彼を守らなければ。
彼を守ることができるのは、この場ではリズリアだけだ。
できなかった、ではすまされない。
自分の命と、彼の命がかかっているのだ。
「来なさいよ、化け物。勝負はまだ、これからよ」
キメラはすいっと目を細めて、ガッと地面をけった。
「我が敵をはばめ、アースジェム!」
濃い緑色のジェムがカッとひかると、リズリアとキメラの間に半透明な緑色の光のかべが立ちふさがる。
瞬時にかべをさけ、迂回したキメラは横合いから飛び掛ってくる。
「くっ!」
リズリアは身をひねらすが、右腕をするどい爪で引っかかれる。
浅く裂かれた腕から真っ赤な血が、あたりに飛び散った。
「リズ!」
「出てきちゃダメ!」
思わず身を乗り出したチェルトを、するどい声でリズリアは止めた。
チェルトはビクリと身を震わせて、動きを止める。
「出てきちゃダメ。相手はバカじゃないわ。どちらが自分よりも弱いか、よくわかってる」
「でも……」
「いいから、出てきちゃダメ。そこで大人しくしててちょうだい」
納得していなさそうな顔だが、チェルトは巨石の後ろに下がっていく。
リズリアはふふっと小さく笑う。
「それでいいわ。いい、もしも私がアイツにやられたら、この部屋からすぐに出るのよ?」
「そんなっ!」
「アイツは、この部屋のジェムを守る番人だから、逃げたやつまでは追わない。だから、わかったわね?」
「…………」
チェルトはうつむいて、黙っている。
リズリアはくちびるをかんだ。
「そう簡単にやられるつもりもないしね。それにしても、エリアとルカがいたら、もう少し楽だったんだけど」
ルカは接近戦に強い。
エリアは間接攻撃やルカとリズリアの補助的な役割を担っている。
そしてリズリアは遠距離攻撃タイプだ。
三人は、それぞれの弱点となるものを補い合いながらやってきたのだ。
「ご、ごめん、リズ。僕のせいで……」
「何を言ってんの。私一人で倒して、ルカとエリアをびっくりさせてやるんだから」
ことさら明るく言って、リズリアはキメラに向き直る。
(とは言ったものの―――正直きついわ)
こちらの攻撃はまったく効かない。
それに対して、こちらは向こうの攻撃を防ぐので精一杯。それどころか、さけるのすら難しくなりつつある。
戦闘で、やつは学んでいっているのだ。
まずい。
リズリアの背中を、冷たい汗が流れていく。
長引けば長引くほど、こちらに不利だ。
右手にはさんでいたジェムも、取り落としてしまっている。
攻撃系の炎と風のジェムは地面でにぶくかがやいている。
左手にかろうじてもっているのは、大地と光のジェムだ。
攻撃にはつかえないし、ジェムマジックが効かない以上、どの程度目くらましになるかもわからない。
考えている間に、キメラが飛び掛ってくる。
リズリアはあわててそれを避けるが、キメラの爪がわずかにかすって服を切り裂く。
(少しずつスピードがあがっている?)
まずい。
このままではいつか確実にその凶爪にとらえられる。
リズリアはなるべくチェルトから離れるように走った。
やつの意識をチェルトに向けるわけにはいかない。
(くやしい……)
チェルトは歯がゆい思いでリズリアとキメラの戦いを見ていた。
いままで自分の力を嫌ってばかりで、使わないよう使わないようとしか考えてこなかった。
自分の力と向き合うことすらしてこなかった。
だからいざ必要なときに使えない。
こういうときだからこそ、使える力のはずなのに。こういうときにしか、使えないのに。
「リズ……」
自分が男だから彼女を守ってやりたい。彼女が女だから守られるのは嫌だ。そういう考えじゃない。
守ろうとしてくれているのがよくわかる。
なのに、自分にはなにもできない。
「くやしい……僕の力なのに……」
使いたいときに、使えないなんて。
チェルトの視界がぐにゃりとゆがむ。
チェルトは強く目を閉じる。
こんなことで、泣きたくない。
泣くだけの子供は卒業したはずだ。
「きゃあ!」
リズリアの声で、チェルトははっと我に返る。
「リズ!」
リズリアはさらに細かい傷をいくつかつくっていたが、大きなケガはなさそうだ。
最初に受けた腕の傷が、いちばん大きなものらしい。
腕を押さえて、リズリアは左手をふところにつっこんだ。
「いいわ。こうなったら、これを試してやるわ」
リズリアは左手に金色の宝珠を取り出す。
ジェムの中のジェムとされ、ジェムハンターたちに語り継がれてきた伝説のジェム。
ものすごい力を秘めるとされる神秘の石、ドラゴンの瞳。
こういうときにこそ、役に立ってもらわなくては。
リズリアは黄金色の宝珠を掲げた。
「ドラゴンの瞳よ、私に力を!」
走り寄ってくるキメラが金の宝珠に警戒するように目を細める。
しかし金の宝珠は変わらずにぶくかがやくだけで、なにも起こることはなかった。
「ええっ?なによ!」
ぶんぶんと左手を振るが、起こらないものは起こらない。
リズリアの顔がさあっと青くなる。
「うそでしょ!頼りにしてたのに!」
「リズ!」
チェルトの悲鳴に近い声にはっとリズリアは前を見つめる。
気づいたらリズリアに言われたことを破って、チェルトは巨石の影から飛び出していた。
キメラは目の前にまでせまっている。
「っ!」
キメラのするどい牙が、大きくて真っ赤な口の中でやけに白く目立って見えた。
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