第二章 洞窟の魔物
5.
「七年前、僕は故郷から王都に招喚された。それから一度も、両親とは連絡を取らせてもらってない」
「一度も?」
「そう。一度も。手紙すら、やりとりさせてもらえない。どこに行くにも、なにをするにも、必ず監視官が同行するし、外の情報は全て遮断されていた」
ウィザードに余分な知恵をつけないために。
反抗するすきを与えないように。
「囚人みたいな生活を、送っていたんだよ」
貴族のように生活の保障された、幽閉生活を。
「規制されるのは外に出ることと、外に出た先で人々と話すことだ。それ以外には規制はなかったけれど、話ができるのはウィザードだけだから」
情報を知らないウィザードたちとしか、話せなかった。
城にいるたくさんの人々は、ウィザードを相手にはしてくれない。
「チェルト……」
「ウィザードは、君たちが考えているような暮らしは送ってない。世界の恵みというかせに囚われた、人々から忌み嫌われる存在だよ」
だれからも好かれない、憎みさげすまれる
存在―――それがウィザードだ。
うらやましがるのは、実態を知らない人々ばかり。
「力だってピンからキリまで。ウィザードだからって、無敵じゃない。ウィザードには属性っていう特性があるぶん制約が大きい。ジェムマスターのほうが力の使い分けができて便利だと僕は思う」
「でも、ジェムがないとジェムマスターは力が使えない。それにジェムは永遠に力を使うことができるものでもないから、やっぱりウィザードのほうがいいような気がするけど」
「リズは、ウィザードじゃないから、そう思うんだよ」
チェルトは憎々しげに自分の手を見つめながら、吐き捨てた。
「こんな力、望んでなんかいなかったのに。ウィザードになんか、なりたくなかったのに」
「私は好きよ。あなたのこと」
はっとチェルトが顔を上げると、リズリアははじかれたように視線をそらした。
その頬が、赤く染まっている。
「これまで一緒にいた時間はちょっとだけど、好きになれそうな人かどうかくらいは、判断できる時間だったと思う。その上で、私は好きよ、あなたのこと。ウィザードだとか、そんなの関係ないじゃない。あなたは、あなたよ」
「リズ……」
「もちろん、ルカとエリアもなんだかんだ言って同じ気持ちだと思うわ」
チェルトは寂しそうに首を振った。
「嫌われてると、思う。エリアさんはともかく、ルカさんは、きっと」
「ルカは、ウィザードに嫌な思い出があるからよ。だいたいルカは好きな人と嫌いな人がはっきりしてるから、ホントにチェルトのこと嫌いだったら、もっと露骨にいじめてくるわよ」
「いじめて?」
あれでも怖いのに?
チェルトは口元を引きつらせた。
「ルカはチェルトのことかまってるだけだもの。エリアは嫌いな人はかんっぺきに無視するタイプだから、チェルトはあてはまらないでしょ?」
そこに存在しないかのようにまったく接しないのが、エリアの嫌いな人への接し方だ。
「だから、チェルトは私たちには好かれてると思うわ」
ぱちぱちとまばたいて、チェルトは顔を伏せた。
「ありがとう」
「感謝することじゃないわよ。これって、私たちの気持ちの問題だし」
「これも、僕の気持ちの問題だよ」
リズリアはうっと言葉につまり、パンにかじりついた。
「さっさと食べて、先を急ぎましょ」
「ゴールが近いみたいだ。かなりはっきりと力を感じる」
「あらホント、広い所に出たわ」
ワナにかかりながらも、なんとか先へと進んでいくと、広い場所に出た。
チェルトもひょこひょこと周りを見回す。
「本当だ。広いね」
「あ、見て、チェルト!」
リズリアがチェルトの肩をたたいて、部屋の中央をゆびさす。
「あんなところに台座があるよ!」
リズリアが指し示すところに、小さな台座があった。
正方形の台座の上には、青いジェムが不思議な力で宙に浮いていた。
「洞窟のちゃちさに比べて、なかなか質の良さそうなアイスジェムじゃない」
「洞窟については僕はわからないけど、たしかに質のいいジェムみたいだ」
チェルトもうなずくと、リズリアが満足そうに微笑む。
「さすがチェルトだわ!これからは人間ジェムセンサーと呼ぶわ」
「なにそれ?」
「町とかで売ってるジェムセンサーよりも、ずっと性能がいいってこと」
「そんなの売ってるの?」
「ええ。ただ、ものすごぉく高いから、とても手が出るようなシロモノじゃないけどね」
「へえ。そんなのあるんだ」
チェルトは驚きを隠せない。
「なんか、世界って僕の知らないことばかりだな」
自分の知っていることなど、本当にちっぽけなものだ。
ふいに、自分を取り巻く世界が、怖くなってチェルトは両手で自分を抱きしめる。
リズリアはあっけらかんと笑う。
「旅をしてる私でも、知らないことってたくさんあるもの。これからいっぱい知っていけばいいのよ」
「でも……」
なんだか、知ってしまうのが怖い。
ウィザードであるのに、ウィザードのことも知らない。
「たしかに知らないほうが幸せなことって、たくさんあると思うの。でもね、なにも知らないで幸せなんだとかんちがいしているよりも、辛くても現実と向き合いたいわ。私たちが生きているのは、今であって、夢の中ではないもの」
「僕たちが生きているのは、今……」
「いつわりの幸せはいらない。私たちは、本当の幸せをつかむために、日々を生きているのだから」
そのために、毎日いっしょうけんめいに生きている。
一日だって、むだな日なんかない。
いつもと変わらない、繰り返しのようにみえる毎日も、一日として同じ日はないから。
「昨日よりもいい今日、今日よりいい明日にしたいから、私は今日をがんばっていると思うと、がんばれるでしょ?」
「リズは、すごいね」
「そうかな?」
「うん。そう思うよ」
そんなふうに、強くなりたい。
強い心を持てるようになりたい。
チェルトは口を引き結ぶ。
「僕も、きみみたいに強くなれるかな?」
「チェルトは、強いと思うよ」
「じゃあ、今よりも強くなれるかな?」
「もちろん。努力をおしまなければ、なりたい自分になれるよ」
チェルトはゆっくりと目を閉じる。
なにも変えられないとあきらめていたことが情けない。
あきらめて、なにもしようとしていなかった。
自分から動かなければ、なにも変えられない。
「僕も、勇気が持てるように」
自分から動く勇気を。
ただの言葉じゃなくて、心の力になる勇気を持てるように。
「じゃ、さっさともらって帰りましょ」
リズリアはとことこと台座に近づいていく。
台座の前に立って、
「ルカとエリア、悔しがるかしら」
リズリアはくすりと笑った。
らくらく手に入れたら、きっとくやしがるだろう。
「アイスジェム、いっただき〜」
台座に手を伸ばしかけて、リズリアは手を引くと、さっと後ろに飛びのいた。
リズリアの今しがた立っていたところを、鋭いつめがないだ。
狼ほどの大きさの獣の背には大きな鳥の羽がある。
尻尾が蛇になっている生き物は、台座を守るように立ちふさがっていた。
「ま、キメラじゃない」
「キメラ?合成獣の?」
「古代の禁呪で造られた、魔法生物ってやつね」
「禁呪で造られた魔法生物……初めて見るよ」
「ふつうはそうでしょう」
リズリアはチェルトをかばうように前に立ちふさがる。
ふところからジェムを取り出し、ぺろりとくちびるをなめた。
「やっぱ、簡単にはいきそうにないわよね」
「リズ」
「チェルトは後ろに下がってて。さすがにかばいながらはきついわ」
「わ、わかった。気をつけて」
「もちろん」
チェルトがパタパタと走っていって、じゃまにならないよう後ろにあった巨石のかげに隠れる。
リズリアは両手の指にジェムをはさむと、不敵に笑った。
「私が相手をしてあげるわ」
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