第二章 洞窟の魔物

3.

 

 しばらくせまい横穴を通って、大きな通路に出る。

 エリアが地図と顔をつき合わせてうなる。

「うーん」

「どうしたの?」

 リズリアが走り寄ると、眉間にしわを寄せて、エリアは地図と洞窟を見比べている。

「おかしいわ」

「おかしいって?」

「見て。地図には丸い部屋が描かれているの。でもここは通路。部屋なんかないのよ」

「え?」

 リズリアも地図と洞窟を見比べる。

 地図には少し広めの部屋が描かれているのに対し、いまいる場所は広めの通路だ。

「ホントね。地図とちがうわ」

 うなずくリズリアを見て、ルカが腰に手をあてた。

「さっきもそうだったじゃないの。まがいものをつかまされたんじゃないの?」

「まあ、いやだわ」

 エリアが困ったように眉根を寄せる。

 リズリアはぽんとエリアの肩をたたいた。

「ま、もらいものだし、しかたがないよ、エリア」

「占いのお代の代わりなのよ。まがいものじゃ困るわ」

 頬に手を当ててふうっと悩ましげにため息をつく。

「で、どっちに進むよ?」

 ルカが通路を見回す。

 右に行くか、左に行くか。

 これといって目立つ目印となるようなものはない。

「どっちも変わりばえしなさそうだけど?」

「そうね。どう、エリア?」

「う〜ん」

 エリアが双方を見ながらうなる。

 道に迷ったときには、エリアに頼るのが今までのあり方だ。

 エリアが口を開く前に、

「右だと思う」

 後ろでチェルトが答えた。

 ルカが顔だけ振り返る。

「根拠は?」

「ここにあるの、ジェムなんだよね?たぶん、向こうからその気配がすると思う」

「いやに自信があるな」

「信じるかどうかはみんなに任せる」

 チェルトが長いまつげを伏せる。

 長くともにいる仲間たちとちがい、ぽっと出の自分のことなど、信用してくれるはずがないことはわかっていた。

 わかっていても、気持ちはおさえられない。寂しさは消えないのだ。

 それでもすがらずにはいられないのが、ひどくみじめだ。

 ルカとエリアが顔を見合わせていると、リズリアがうんと一つうなずいた。

「私は信じるよ」

 はじかれたようにチェルトが顔を上げる。

「リズ……」

「さっきだって、私がばらまいたジェムの中から、ライトジェムを当ててみせたじゃない」

「偶然、かもしれないよ?」

「ジェムに関して、あなたの感覚がいちばんするどいと私は見たわ。私は、私の判断を信じてる」

 チェルトがゆっくりとまばたく。

 エリアもそうねとつぶやく。

「私たち三人の中では、ジェムに関してはリズがいちばんくわしいものね。そのリズが太鼓判を押すなら、私も賛成ね」

「じゃ、決まりだね」

 ルカがさっさと右へ歩き出す。

 エリアも無言でそれに続く。

 リズリアがチェルトを振り返って、ニッコリ笑った。

「行こう?」


 

 しばらく一行はチェルトの指示通り、道を進んでいった。

 チェルトは迷うことなく道をさし示し、歩き続ける。

 相変わらずチェルトが次から次へとワナにかかる以外は、なんの問題もなく洞窟の奥へと進んでこられた。

「だいぶ奥へと来たはずよね?」

 リズリアがかべに手をついて、ふうっと息をついた。

「この洞窟、思ったよりも深いし長いし。けっこうきついわね」

「予定外のアクシデントくらい、起こるものさ。そうじゃなきゃ、おもしろくないしね」

 ルカは余裕の笑みを浮かべて笑っている。

 予想とちがう方向へ行けば行くほど、ルカは楽しそうにする。

「そのわりには、さっきワナにかかるチェルトのこと、責めてなかった?」

「ああ?楽しいアクシデントってのにも種類があるだろ?ヤダよ、アタシはワナに手間取られるなんて」

「ワナ嫌いのアクシデント好き、か。なんかヘンなの」

「ほっといてよ」

 ルカがふんっと鼻を鳴らす。

 ずてっ

 痛そうな音がして、リズリアが前を見ると、石にけつまずいて、チェルトが派手に転んでいる。

「だ、だいじょうぶ?」

 チェルトを気遣うリズリアを見ていたルカは、嫌な音に天井を見上げて、

「危ない!」

 ルカが力いっぱいリズリアを突き飛ばす。「きゃあ!」

 リズリアが今の今まで立っていたところに、ずんっと大きなかべが落ちてきていた。

 あのまま立っていたら、この巨大な壁に押しつぶされていたかもしれない。

 いまさらのように恐怖がこみ上げ、リズリアはぱくぱくと口を開けたり閉じたりしている。

「あちゃあ……分けられちまったか」

 かべの向こうから、ルカの声がした。

「ル、ルカ、だいじょうぶ?」

「アタシはだいじょうぶだよ。アンタは?」

「ルカのおかげで平気。けがしてないよ」

「そう、良かったよ」

 安心したような声に、リズリアは不覚にも涙が浮かんでくる。

 あわてて起き上がったチェルトがうなだれる。

「す、すみません。またやってしまって」

「ったく、ホントアンタはとろいね!そんなんだと不安になるよ。リズと二人でだいじょうぶかってさ」

「ごめんなさい」

「しかたないさ。さいわい、エリアがいるからね。アタシたちはアタシたちで奥を目指すから、アンタたちもそのまま行きな」

「ルカさん」

 チェルトが柳眉を寄せて、つらそうにつぶやく。

「頼りない声出すんじゃないよ。リズと二人になっちまうんだから、今まで以上にアンタもしっかりするんだよ!」

「はい……」

「ジェムのある部屋で、落ち合うからね」

「リズ、チェルト、がんばって」

 ルカとエリアが一言ずつ言って、足音が遠ざかっていく。

 座り込んでいたリズリアは立ち上がって、服についたほこりをはたく。

「ごめん、リズ」

「しかたがないわ。これから気をつけましょう」

「本当に……僕はなにをやってもダメだな」

「そんなことないわ。同じまちがいをしないようにすればいいのよ。さ、ルカたちも出発したし、私たちも負けてられないわ。行きましょう」

 リズリアが歩き出す。

 チェルトもあわててその後を追った。

 リズリアの少し後ろを、とぼとぼと歩いていく。

チェルトのあまりのへこみように、リズリアはくすりと笑った。

「そんなにへこまなくてもだいじょうぶよ」

「でも、僕のせいで、みなさんがばらばらにされてしまって……」

「こんなことくらいでどうにかなるような仲間じゃないから、これくらいなんてことないわ」

 ひらひらと手を振りながら、声を上げてリズリアは笑った。

「エリアもルカも強いからさ。だいじょうぶ、心配いらないわ」

「でも、僕のせいでいらない苦労をかけることになって―――」

 最後まで言えなくて、チェルトはだまりこむ。

 立ち止まり、振り返ったリズリアの右手が、優しくチェルトの口をふさいでいた。

「それ以上言わなくていいわ。そんなに自分を責める必要はないの。ルカもエリアも、あれでけっこう楽しんでるんだから」

「楽しんでる?」

「そうそう。私たちだとけっこう慣れちゃってるからね、いまさら新鮮味にあふれたハントはなかなかできないもの。なんだか、初心に帰れる気がするわ」

 ジェムハンター歴もすでに半年だ。

 手馴れたルカがすぐに仲間になったので、ハントをする際にこんなにドキドキしながら行うのは、ひさしぶりだ。

「こんなに緊張しながらハントをしているのは、ひさびさよ」

 胸に手を当てて、微笑む。

 そう、この胸のドキドキは、きっとジェムハンターを始めたばかりのころの気持ちと同じなのだ。

 だから、ドキドキするんだ。

 そうにちがいない。

「だから、けっこう私たちは楽しんでるの。気にしなくていいのよ」

「リズ……」

「そういうことだから、行きましょう」

 ふたたび歩み始めるリズリアの背を、チェルトはあわてて追った。

 となりに並んだチェルトを満足そうに見て、リズリアはくちびるをとがらせた。

「そもそもね、こんな節操なしにあっちこっちにワナをしかけるなんて、きっとこの洞窟にジェムを隠したやつはよほどの小心者か、素人よ!」

「なんで?」

「ある程度ジェムハントをしていれば、引っかからないワナが多いからよ。よく考えてみて?あっちこっちにワナをしかけたって、侵入者が引っかかってくれなきゃなんの意味もないでしょ」

「それは、そうだね」

「だから、こうしたワナを作るプロってのは、避けるのがむずかしいところ、よく通るところ、そして通らなければならない場所に設置するものなのよ」

 ワナを効果的に、かつ有効に活用するためには、相手が引っかからざるを得ない場所に置くものだ。

 いかにして相手をワナにかけるか、そしていかにして相手が解除するか、それがトラップ屋と冒険者のかけ引きというものだ。

「だからワナってのは、必要最小限で有効活用するものよ。あっちこっちにとりあえず置けばいいってものじゃないの」

「ここは、あっちこっちに置いてあるんだね」

「私としては、もったいない使い方だと思うけれどね」

「リズはそんなことまでわかるんだね。すごいや」

 素直なチェルトの賞賛に、リズリアはわずかに頬を染める。

「そんなことないわ」

 照れながら答えると、

 ぐうぅぅぅぅ

 リズリアの顔が真っ赤になる。

「ホント、かっこつかないわ」

 ぽかんとしてリズリアを見ていたチェルトが、ぷっと吹き出した。

「ちょっと!ここはなんかフォローするとかないわけ?私、女の子なのに!」

「ご、ごめん……でも……」

 チェルトはなんとかこらえようと、肩を震わせながら声を殺している。

「なんか、リズって本当になごませてくれるよね。僕、そういう感じ、すごく好きだよ」

「すごく好き……」

 リズリアはぼっと顔をさらに赤くして、両手で頬を押さえた。

「そ、そうかな?」

「才能だよね。尊敬するよ」

「そんなことないよ」

 頬を押さえたまま、リズリアが答える。

 周りを見回しながら、チェルトが床にトラップがないか細心の注意を払って座った。

「少し休憩しよう?僕もちょっと疲れたし。僕らの道の方が、ジェムにも近いから、少しくらいならだいじょうぶだと思う」

「そうね。もうそろそろお昼の時間だし、ちょうどいいか」

 リズリアもチェルトの向かいに腰を下ろした。


 

           

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