第二章 洞窟の魔物
2.
「だあぁぁぁぁ!」
悲痛な、というよりも間抜けな悲鳴が洞窟にひびき渡った。
通路を全力疾走する四人は、地を揺らしながら転がる巨石に追われていた。
「ったく、明らかなワナに引っかかるやつがあるか!」
「す、すみません」
怒鳴るルカにひたすら謝るチェルト。
洞窟に入ってから、この構図が壊れない。
「あ、横穴発見」
エリアが指差す方向に、かがんで人が入れるくらいの小さな穴が開いている。
「それしかないわ。よし、そこに入るよ!」
「おっけー」
なにもないことを確認してリズリアが飛び込み、エリアがそれに続く。
「ほら、アンタも行け!」
「わぁっ」
チェルトを押し入れて、ルカもその後に転がり込んだ。
ギリギリ避けたルカのすぐ後をごろごろと巨石が転がっていった。
やっと見つけた横穴で、四人は息をついた。
「ふう……」
「なんとか……なったわね……」
「ってか、なんで……こんな……全力で走り回らなきゃなんないのよ」
ルカが額の汗をぬぐって、ギロリとチェルトをにらみつける。
「アンタな!二つや三つは我慢もするさ、けどな、ワナに片っ端から引っかかるってどういうことだ!」
突き刺そうと飛び出てくるヤリに、侵入者の串刺しを狙う落とし穴、吹き出るなぞのガスなど、危険極まりないワナのオンパレードだ。
そんなブツを、チェルトが端から全部発動してくれていた。
「す、すみません」
「アタシらの邪魔をしようってんじゃないでしょうね!」
「そ、そんなつもりじゃ……」
チェルトはぶんぶん首を振る。
リズリアはルカとチェルトの間に割って入る。
「ルカ、そう怒らないで?」
「リズはこいつに甘いんだよ」
「しかたないじゃない。チェルトはジェムハンターじゃないし、こんなことするの初めてなんでしょ?」
「にしてもトロい!トロすぎる!」
洞窟に入ってからこっち、設置されたワナに片っ端から全部、見事なまでに引っかかってくれる。
ここまで命をかけた必死の探索など、《グロリアス》では初めてのことだ。
「アンタね、アタシたちの足を引っ張ってるんだよ」
「わかってます」
「わかってんなら、もう少し慎重に動いてくれよ!」
「そうしてるつもりなんですが……」
「そうなってないから、こうして苦労してんだろ?」
ルカは頭を抱えた。
ウィザードだと聞いた時点で、運動能力に欠けそうだというのはある程度は予期していた。
だがいくらなんでもここまでとは予想外だ。
「そもそも運動能力以前の問題だろ」
「はあ……」
こうまでされると、わざとワナにかかっているのではと、うがった見方をしたくなる。
「たかが生活費をかせぐためのジェムハントで、こんなに手こずるなんて、初めてのことだよ」
「す、すみません!これからは気をつけますから!」
チェルトが頭を下げて、勢いよく頭を上げた。
ごちん
かち
せまくて低い天井にぶつけたらしい。ものすごく痛そうな鈍い音がして、チェルトが頭を抱える。
それと同時に小さな音もかすかに聞こえたが、リズリアは聞こえないふりをした。
「だ、だいじょうぶ?」
「…………」
リズリアが心配そうに訊ねるが、だいじょうぶかどうかは一目瞭然だ。
だがそんなことでごまかされるルカではなかった。
「ちょっと、なんかいやな音がしたけど」
ルカが不安そうに周りを見回していると、ごごごごと重い音とともにいま入ってきた入り口がふさがれる。
「…………」
「…………」
「…………」
「……す、すみません」
真っ暗になってしまった横穴の中、ぶちっという音だけ妙にひびいて聞こえた。
野性的勘でルカはチェルトの襟首をつかみ、がくがくと揺さぶった。
「アンタってやつはぁぁっ!」
「すすす、すみません!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!」
リズリアがあわてて口をはさむが、ルカは聞く耳持たない。
「これが落ち着いていられるか!なんなのよさっきから!アンタ本気でアタシたちの邪魔したいようね」
「そんな……」
「それ以外になにがあるってのよ!さっき地図で確認したばかりでしょ?また遠回りじゃないの!」
「すみません」
「謝ってもらってもしょうがないよ!アンタ謝ることしかできないのかい!」
「……すみません」
これでは二人の言い合いも終わりが見えない。
なんとかしなくては。
「と、とりあえず、明かりが必要よね!」
ことさら明るく言って、リズリアは見えない中で、ふところを探る。だが手がすべって、ジェムを入れた袋を落としてしまう。
「あっ!」
じゃらじゃらっとジェムがばらまかれてしまった音が視覚の利かない中、やけに大きく聞こえた。
「うあ……ごめん、明かりをと思ったんだけど」
「リズ、形だけでなんのジェムかわかる?」
エリアが静かに訊ねると、リズリアはあごに指をあてる。
「う〜ん……むずかしいかも」
「じゃあ意味がないじゃん」
ルカが冷たく言い捨てる。
そんなルカのもの言いも気にせず、リズリアは明るく笑う。
「でも、手探りで進むのはちょっと怖いじゃない。だからまあ、順番にやってけばいいかなって……」
チェルトは襟をつかまれたまま、左手を伸ばして一つつかみ取る。
「リズ、これがライトジェムだ」
「チェルト、わかるの?」
「うん。込められた力がちがうから、わかるよ」
リズリアが暗闇の中あちこちに手をさまよわせると、チェルトの手とぶつかる。
チェルトからジェムを受け取ると、
「我らに明かりを、ライトジェム」
つぶやくと、ライトジェムが足元を照らすほどの光を発光する。
明かりがついて、やっと安心して一息ついた。
「はぁ、暗いってのはやっぱり不安になるものね」
リズリアにエリアがうなずいた。
「気分的に不健康よね」
「明かりの重要さがよくわかったわ」
リズリアは落としたジェムを拾っていく。
「それにしても、すごいわね、チェルト。暗くてもわかっちゃうんだ」
「う……ん、まあ」
ルカはひょいとチェルトのえりから手を離した。
「たまにはやるじゃないの」
「……ありがとう」
「にしてもさ、リズ。やっぱさ、ジェムを指輪とか首飾りに加工したほうがいいんじゃないの?こういうときに使えないんじゃ、困るじゃない」
ルカの問いに、速攻でリズリアは否定した。
「ダメよ!そんなことしたら、ジェムを削っちゃうじゃない!」
「でもどこにあるかわかんないとかやってられないし、戦闘じゃ敵さんがいつも出すまで待ってくれるとはかぎらないだろ?」
「でもジェムが小さくなると威力も弱くなっちゃうし、手に持ったほうが力のコントロールもやりやすいの」
「でも、リズ。不純物を取り除いたり、力を研ぎ澄ますためにはカットしたほうがいいと聞くわ」
エリアがルカの味方をしてつけ加える。
リズリアはこぶしをにぎりしめて力説する。
「だめよ!だって、なによりもそんなの身につけてたらジェムマスターです!って言いふらしてるようなもんじゃない」
「そりゃそうかもしれないけどさ」
「意表をつけなくなっちゃうでしょ」
さらに言いつのろうとしたが、ルカは口をつぐんだ。
このことに関して、リズリアには聞く気がない以上、言ってもしかたがない。
「進みましょう。これ以上、ここにこうして座っていてもしかたがないわ」
エリアがはうようにして、横穴を進む。
座った姿勢でも頭がぶつかりそうなくらい、この横穴はせまい。
ルカとリズリアもエリアにならって、はいながら続く。
チェルトも歩きにくそうについていく。
少しはっていくと、背をかがめればかろうじて立って歩けるほどの大きさにまで広がる。
ルカが振り返った。
「いいかい。不用意にかべにさわるんじゃないよ?」
「は、はい」
「こんなせまいところでワナを発動させられたら、いくらなんでも逃げらんないからね」
言われたとおり、かべにさわらないように注意して進んでいく。
エリアが地図を確認しながら進んでいく。
リズリアはそっと後ろのチェルトを振り返る。
「あのね、なるべく私たち三人の歩いたところを歩いてくれる?」
「え?」
「床にトラップがうまっていることもあるのよ。だから、念のため。まあ、足跡がつくわけでもないし、完ぺきになんてムリだから、なるべくでいいんだけど」
「ああ、わかった」
慎重に、リズリアの歩いた後を歩いていくチェルトにくすりと笑って、リズリアは再び歩き始める。
「まあ、こういうのも慣れだから。慣れてしまえば、トラップくらい避けながら先を進めるようになるからさ」
「そうなのかな?」
「そうよ。私とかエリアも、最初のころはよくトラップにかかったし。ルカは最初からうまかったけどさ」
エリアにしろ、リズリアにしろ、チェルトほどではなかったけれど。
これは、ある意味才能かもしれない。
にしても、いやな才能だ。チェルトは顔をしかめた。
「アタシはみんなよりも少し早くこうしたことしてたから。一日の長があっただけよ」
ルカが前を向いたまま言った。
リズリアが意外そうに目を瞠った。
「え、ルカもワナにかかったことあるの?」
「あたりまえだろ。なんにもしないで最初からできるやつなんていないよ」
「そっか。そうかも。でもちょっと安心。ルカって要領いいから、なんでもできちゃいそうだったから」
リズリアはくすくすと笑うと、腕を組んでう〜んとうなる。
「チェルトは遺跡とか洞窟のトラップと相性がよくないのかな。むしろ、相性がよすぎてひっかかっちゃうのかな」
「気をつけているつもりなんだけど」
「だいじょうぶだいじょうぶ。チェルトもすぐできるようになるよ」
「そうかな」
不安そうに言うチェルトにうんうんとリズリアはうなずいた。
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