第一章 グロリアス

4.

 

 三人の視線が強く、チェルトにつきささる。

 チェルトがいづらそうに身じろいだ。

「疑われているのですね、僕も」

「はっきり言えば、そうね」

 はっきりきっぱり、リズリアは言い切る。

 チェルトはふところからさきほどの金色の珠を取り出した。

 ルカとエリアが身構える。

「なにをするつもり?」

「これを、あなたに渡します」

「え?」

 唐突なチェルトの言葉に、リズリアは目を白黒させる。

 ドラゴンの瞳、どんな力が秘められたジェムなのか、ものすごく気になるところだ。

 ほしい。ものすごくほしい。のどから手が出るほどほしい。

 さっきだって、涙をこらえてチェルトに返したのだ。

「でも、それって、大事なものなんじゃないの?」

「とりあえず、預かってください」

「は、はい」

 リズリアはほいっと受け取ると、両手で大事に持つ。

 チェルトはすくっと立ち上がる。

「僕は、たしかにウィザードですが、それほど力があるわけではないんです」

「そんなの、口だけじゃわかんないだろ?」

 ルカが眉をひそめる。

 もっともだとチェルトもうなずく。

「ええ。でしょうね。だから、今からそれを示そうと思います」

「どうやってさ?」

「どうすれば、信じてもらえますか?」

「じゃ、そのイスを、壊せる?」

 エリアが今までチェルトの座っていたイスをゆびさした。

「ちょちょ、エリア!勝手に壊しちゃったりしちゃまずいよ?」

「ウィザードって、すごい力を持ってると聞くわ。そして力の基本は破壊。できる?」

「わかりました」

「あんたもかい!」

 リズリアを無視して、エリアとルカ、そしてチェルトの探りあいが始まる。

 チェルトはイスに右手をかざす。

 かたんっと音がして、ゆっくり、本当にゆっくりとイスが浮かび上がっていく。

「…………」

 じれったそうに、ルカが眉根を寄せる。

 遅い。この上なく遅い。ものすごぉく遅い。

 のろのろと亀のように浮いていくイスに、さすがのリズリアも首をかしげる。

「ね、ねえ、なんか慎重すぎない?」

 リズリアが聞くが、チェルトの顔は真剣そのものだ。

「話しかけないでください。僕は力のコントロールがものすごく下手なんです」

「はい」

 おとなしくリズリアはあっさりと引いた。

 こんなところで暴走されてはたまらない。

 ふよふよと、ゆっくりとイスが浮かび上がる。

 チェルトの額には、汗が浮き出ている。

「演技に見える?」

 エリアがそっとルカに訊ねる。

「…………」

 ルカも顔をしかめる。これが演技なら、とんでもない食わせ者だろう。

 深呼吸を繰り返しながらじっとイスを見据えて、チェルトは力をコントロールしている。

 エリアは静かにルカに言う。

「私には、見えないわ」

「……アタシもよ」

 ルカが観念したようにそうつぶやいた。

 やっとテーブルほどの高さまで来ると、今度は勢いよくイスが爆散した。

 三人があわてて両手で顔をかばう。

「うっ」

「きゃあ!」

「わっ!」

 細かくくだけていたので、当たったところでいたくもなんともなかったが、今までの遅さとこの一瞬は、まるでちがって見えた。

「す、すみません。だいじょうぶですか?」

 息を切らしたチェルトが訊ねる。

 三人は顔を見合わせた。

「コントロール、とてつもなく下手ね」

 びしっと言うエリアに、チェルトが苦笑する。

「そうなんです。いつも、みなさんを落胆させてしまうんです」

(けど、力がないのは、ウソね。もしくは、気づいていないのか)

 リズリアはあごに手をあてる。

 力の使い方は下手だが、あのイスを一瞬にして粉々にくだくのは簡単にできることではない。

 ルカがどしりとベッドに腰かけて、頭の後ろで手を組んだ。

「ウィザードっつっても、ピンからキリまでか」

「ええ。僕はキリですから」

 王をがっかりさせると同時に、それほど力試しという名目の実験を繰り返されなくてすんでいる。

 ほかのウィザードよりも、ましなほうだ。

「それがあると、力をコントロールしやすくなるんだと言われて、陛下に下賜されたんです」

 チェルトの目が向けられたドラゴンの瞳に、一同の視線が集まる。

「王さまからもらったんだ」

「……ええ。ですが、それはあなたが持っていてください」

 リズリアはごくりとのどを鳴らした。

「いいの?」

「ええ。そのほうが、あなたがたも安心でしょう?」

「まあ、そうだな」

「そうね」

 ルカとエリアがうなずいた。

 いくら扱いが下手だといっても、危険な力を持つことには変わらない。

 得物なしで生き物を死に追いやれるほどの力を使えるのが、ウィザードなのだ。ウィザードだからといって、ジェムが使えないともかぎらない。

「わかったわ。じゃあ、預かっておくわね」

 神妙な面持ちで、それでいてどこかうれしそうにリズリアが金色の宝珠をふところにしまった。

「そうしてください」

 願わくば、ずっとそれが自分に戻ってこないよう。

 チェルトはすいっと目を伏せる。

 エリアは周りを見回して、まとめるようにぱんぱんと手を叩いて、

「さて、話もまとまったみたいだから、今後の話をしましょう」

 ふところからおもむろに地図を取り出した。

 ルカが壁を離れてそれをのぞきこむ。

「なんだい、そりゃ」

「お宝ジェムの眠っている洞窟の地図」

 二枚の地図は、この辺の地図と洞窟の中の地図になっているようだった。

 細かに書き込まれている地図を、チェルトはものめずらしそうに見る。

「占いのお代にもらったの」

「アンタ、やるね!」

「ふふ。今後のためにも、お金はあったほうがいいでしょう?そのドラゴンの瞳、売るつもりはなさそうだし」

 エリアがちらりとリズリアを見ると、ぶんぶんと首を振った。

「とんでもないこと言わないでよ!」

「でしょう?だから、これを手に入れて、売り払うことにしましょ。私たち、ジェムハンターだし」

「そうだね。これから一人増えるわけだし、生活費もそのぶんかかるわけだからね」

 ルカがちらりとチェルトを見るので、チェルトは地図から顔を上げる。

「え?」

「まさかアンタ、さっきので疑いが晴れたと思ってないよね?」

「そうは思ってませんが……」

「アタシはウィザードは嫌いなんだ。そう簡単に信用なんかできないね」

「そう……ですよね」

「それに、アンタもウィザードだからちょっとくらい内部事情を知ってるかもしれないだろ。しばらくアタシらと行動してもらうよ」

「でも、残念ながら僕はみなさんのお役に立てそうにもありませんが」

「けどこのまま放り出せないでしょ。アンタはアタシらの顔を見てるし。放り出したほうが危険なの」

「はあ」

 チェルトがいまひとつよくわからないような顔であいまいにうなずいた。

「賞金首には、なりたくないものね」

 ほおに手を当てて、憂うつそうにエリアがつぶやいた。

「じゃ、そういうことで、とりあえずエリアの見つけたお宝ジェムを取りに行きますか」

 リズリアが立ち上がると、ルカとエリアも立ち上がった。

 チェルトはおどろいて三人を見る。

「え、もしかして今から行くんですか?」

「まさか。今日はもう遅いしね」

 リズリアがあっさりと答える。

「今日はこの部屋使ってゆっくりしてちょうだい。私たちはとなりの部屋にいるわね。さすがに男の人といっしょの部屋はちょっと、ね」

「あ、そういうことですか」

「そうそう、敬語はいらないからね。しばらくはいっしょに行動するわけだから、敬語使われるとやりにくいし」

「わかりました」

 ついいつものクセで言ったチェルトははっと口元を押さえる。

 リズリアはじと目でチェルトを見た。

「……敬語、いらないから」

「あ、わ、わかった」

「よろしい」

 にっこりと満足そうに笑って、リズリアはルカとエリアを先に出るよううながした。

「明日の洞窟探索は、あなたにも出てもらうから。そのつもりでいてね」

「え、僕も?」

「そうよ。一人で置いていくわけにはいかないでしょ?だから、荷物もなにもなさそうだけど、意識して体調だけは整えておいてね」

「う、うん」

「じゃ、おやすみ」

 ひらひらと手を振って、リズリアは部屋を出て行く。

 残されたチェルトは戸惑いの表情を浮かべていた。

「なんか、流されているような……」

 そしてチェルトは粉々になったいすに目を落とした。

「これ、僕が直すのかな」

 

          

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