第一章 グロリアス

3.

 

 死屍累々のような光景に、リズリアは眉をひそめる。

「ヤな景色ね」

「ま、こんなもんだろ」

「リズ、ルカ、こっち」

 どこからともなく現れていたエリアが、馬車の上に乗っかって二人を呼んだ。

「なに?」

「まだ人がいるわ」

「なんだって?」

 壊れた馬車の扉をどけると、不安そうに見上げる青年と、気絶して倒れている男が転がっていた。

 馬車の上のエリアを見上げて、ルカがため息混じりにつぶやく。

「アンタね、エリア。どうやって登ったのさ」

「もちろん、よじ登ったのよ」

 しれっと答えると、エリアは「ルカ」と呼んだ。

「なんだい?」

「手伝って。引っ張り出せるかしら?」

「あいよ」

 ルカは車輪に足をかけると、軽々と馬車の上に飛び上がる。

 飛び乗った拍子に震動を起こして、揺れる馬車から青年をすんなり引き上げる。

「わっ」

「おっと」

 ふらりと揺れた車体でバランスを崩す青年の腰に手を回す。

「アンタね、一人で立つこともできないのかい?」

「び、びっくりしただけだ」

 恥ずかしさに頬を染めた青年はルカを押し返す。

「あれ、だれ?」

 エリアが馬車の中で転がっている男を指差して青年に尋ねる。

 青年が柳眉を寄せる。

「僕の、監視官」

「ってことはアンタがウィザードってわけ?」

 ルカが憎しみに満ちた目で青年を見る。

 ほとんど目の位置の変わらないルカに睨まれて、青年は居心地悪そうに身じろいだ。

 この視線の意味に気がつかないほど、にぶくはない。

「そうだけど……」

「へえ。ホンモノを見るのは初めてだよ」

 ルカがその碧い瞳を獣のようにギラギラと光らせる。

「ウィザードがいるってことは、やっぱりここ最近の一連のロワード事件はアンタらのせいかい?」

「え……?」

 青年が怪訝に聞き返すと、ルカがぐいっと青年の襟首をつかんだ。

「ロワード村から始まった、ジェムの人体抽出事件のことだよ!アンタらウィザードが、人間からジェムを取り出して眠り病を起こしてるってやつだよ!」

「そ、そんなこと……」

 青年が苦しそうに身をよじる。

 エリアがそっとルカの手にふれて、小さく首を振った。

「ルカ、いけないわ」

「なんでだよ!」

「まだ、そうと決まっていない」

「くっ」

 怒りに任せて腕をふるい、ルカがぶんっと青年の身体を投げ捨てる。

 馬車から投げ出された青年の身体を、下にいたリズリアはあわてて受け止める。

「わあ!」

 案の定受け止めきれず、リズリアは派手に尻餅をついた。

「いったぁ。ルカ!ケガでもさせたらどうするのよ!」

「ウィザードなんだ、力くらい使えんだろ?自分でケガくらい治せるさ」

「そういう問題じゃないでしょ!治せたって、痛いものは痛いのよ?」

「リズ、だいじょうぶ?」

 エリアが心配そうに尋ねるのでリズリアはそれ以上強く出られなくてうなずいた。

「だいじょうぶ、ちょっとおしりがいたかっただけ」

「じゃ、問題なしだね」とルカ。

「アンタがやったんじゃないの!」

 リズリアは右手を振り上げて怒鳴った。

「すみません」

 尻餅ついてリズリアの上に抱きとめられた青年が顔を上げる。

 リズリアはどきりと心臓が高鳴るのを感じる。

 さらさらの金髪。

 恥ずかしそうに寄せられた形のよい眉。

 ミルク色の肌に赤い唇と、女のリズリアでも目を奪われないではいられない美人だ。

 澄んだ金色の双眸に自分の紅潮した顔が映っていた。

「い、いいの。それより、ケガはない?」

 上ずった声で答えると、青年はこくりとうなずいた。

「ええ」

 リズリアはなにか硬いものがおなかに当たるのに気がついた。

「いたっ。な、なに?」

「あ、すみません」

 青年がリズリアに押しつけていた箱を手に取る。

 エリアがすばやく馬車から飛び降りると、青年の手から箱を奪う。

「あ、それは……」

 ぱかりと開けると、箱の中には鈍くかがやく金色の丸い珠がクッション材に包まれておさめられていた。

 リズリアの瞳がきらりとかがやく。

「それ!ドラゴンの瞳!」

「みたいね」

 エリアも微笑みを浮かべる。

 ルカが遅れてやってきてのぞきこみ、眉をひそめる。

「ふうん、いいジェムねぇ。かがやきはにぶいし、色もなんとなく曇ってんじゃん」

「なに言ってるのよ!そんなはず……」

 リズリアがそれをとって、一瞬だまりこむが、忘れていたようにほお擦りする。

「いいのよ。このくらいのほうが歴史を感じるの。なんてったって、国宝ですもの」

「ああ、始まった。この宝石マニアめ」

「私が好きなのはただの宝石じゃなくてジェム!ああ、この丸みといいかがやきといい色つやといい……非のうちどころのないすばらしい逸品だわ」

「あ〜あぁ」

「始まったら、長いわね」

 ルカとエリアは顔を見合わせる。

 リズリアの色眼鏡にかかれば、多少の難も気にならないらしい。

「それにしても、毎度見事だね、エリアの占いは」

「それほどでもあるわ」

「ここまでで、森の中、馬車、ウィザード、ドラゴンの瞳は当たってるわね」

「そのようね」

「外したことないってのも、あながちうそでもなさそうね」

「当たり前でしょう」

 宝石にほお擦りする少女に、自慢げに笑う少女、そして射殺さんばかりに睨みつけてくる少女。

 今まで見たことのある女性とはちがうものを、青年は感じていた。

 怖い、ひたすらに怖い。

 戸惑うような表情を浮かべ、青年は途方に暮れた。

「あの……あなたたちは、いったい?」

 ほお擦りしていたリズリアの動きが止まる。

 エリアがあでやかに微笑み、ルカが不敵に笑う。

「私たちは、ジェムハンターグロリアスよ!」


 


 


 

「さて、話してもらおうか」

 休んでいた宿屋に場所を移して、開口一番にルカが言った。

 二つあるベッドの一つにリズリアが、イスにはエリアが、そしてルカは腕を組んで壁にもたれ掛かって立っている。

 青年は六つの目に見つめられて、中央のイスに座らされていた。

 まるで裁判に引っ立てられて、裁判官に見つめられているようだ。

「まず、アンタ名前は?」

 ルカが訊ねると、リズリアがあわててつけ加えた。

「あ、私はリズリア。リズでいいわ。赤い髪のほうがルカで、黒い髪のはエリアよ。あなたは?」

「僕はチェルト」

「ウィザードなんだろ?どこに何をしにいってたのさ?」

「それは……」

 チェルトがうつむく。

 いつまでたっても口を開かないチェルトに、ルカがいらいらと足を鳴らす。

「言えないってのか?やましいところがあるから、言えないんじゃないのか?」

 チェルトがはじかれたように顔を上げる。

「ちがう!」

「じゃあ、なんだってのさ?」

「僕は……モルトーブに……」

 チェルトが再びうつむく。

「モルトーブ……ね。モルトーブになにしに行ったのさ?」

「モルトーブに、視察に……」

「視察……ふうん。そういう理由で、あちこちめぐるわけか」

「え?」

 組んでいた腕をほどいて、ルカがずかずかとチェルトに近寄る。

 ぐいっと襟首をつかんで、ルカは顔を近づけた。

「おまえたちが、ロワード事件の首謀者なんだな」

「ロワード事件?」

「とぼけるな!おまえたちウィザードが、人間から生命の力を吸い取って人工宝石を作ってるんだろう!」

「な、なんの話だ?」

「シラをきるつもりか?」

 なんのことを言われているのか、チェルトはピンと来ていないようすだ。

 わけがわからないという顔をして首をかしげるチェルトに、ルカがぎりっと奥歯を鳴らす。

「人間の生命エネルギーからジェムを作り出してるんだろう?それで何百人、何千人って人たちを死へのカウントダウンさせているくせに、知らないふりをするのか?」

「そ、そんなことしてない!」

「ウィザードサマがこんなところまで、なんの目的もなく来たりしないだろう!」

「だから、視察に……」

「視察ね!じゃあ、なにを視察しに来たって言うんだ!」

「そ、それは……」

 チェルトが視線をそらせる。

「言えません」

「機密だとでも言うつもりか?言えないようなやましいことしてるんだろう!」

「そんなこと……」

「けどな、現におまえの行ったっていうモルトーブにはな、もう生命エネルギーを吸い取られて眠り続ける人たちしかいないんだ」

「え……?」

 呆然として、チェルトが顔を上げる。

「放っておいたら、彼らは死んじまう。おまえたちウィザードは、そんなんばっかりだ!おまえたちは罪のない人間を殺してるんだ!」

 戸惑いと驚きに見開かれていた金の瞳が怒りに細められる。

「ちがう!そんなことやってない。僕はそんなことしてない!」

「じゃあなにしてたんだよ?普段お城の奥でのうのうと暮らしてるウィザードサマが、なにをしにわざわざこんな辺鄙なところにあるモルトーブ村まで行ったんだよ?」

「それは……」

「言えないんだろ?怪しいですって、自分で言ってるようなもんだ」

「落ち着いて、ルカ」

 リズリアが静かな声で言う。

「これが落ち着いていられるかってんだ!」

「だから、落ち着いて。興奮していては、正しい判断が下せないわ」

 リズリアの静かな声に怒気をそがれ、ルカが押し黙る。

「ここでこうしていても、始まらないでしょ。視察内容はチェルトは話せないって言ってるわけだし。これ以上聞き出せないわ」

 ちっと舌打ちして、ルカがチェルトの襟首を離し、壁際まで歩いていって壁に背をあずけた。

 リズリアはチェルトに視線を向ける。

「でもね、ルカの言ってることも本当なのよ。モルトーブの人たちは生命の力を奪われて眠りの病についている。そうしたことが起こって人々が死に瀕してしまったところが……たくさんあるの」

「…………」

「その多くはウィザードがいたといううわさがあるのも、事実なのよ。それだけは、頭に入れておいて」

 リズリアが冷たい声で告げる。

 自分でもよく怒り出さなかったなと、リズリアは思った。

 目の前にいるのは、大嫌いだったウィザードなのに。

 リズリアは自分でも不思議な気分をもてあましていた。

 

            

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