第一章 グロリアス

1.

 

「リズリア!」

「んあ?」

 オムライスをかきこんでいた少女が顔を上げる。

 肩口で切りそろえられた金髪の美少女は、動かす手を止めずに聞き返す。

「なに、ルカ?」

 あざやかな赤い髪の美女が、だんっと紙を机に叩きつける。

 短い髪が彼女の動きに合わせて揺れた。

 豊満な身体の美女は、不機嫌そうに眉をひそめている。

 リズリアはちらりと紙に目をやって、視線で問う。

「これを見て」

 ルカがリズリアの目から視線を外さずに言う。

 リズリアは先の三つに分かれたスプーンを口から離して、左手で紙を拾い上げる。

「なになに、モルトーブでまたしても村人全員眠り病に。被害相次ぐロワード事件……」

「例の事件、まだ続いているんだよ」

「ロワード村から始まった、人体から生命の源を抽出して宝石を作るやつね」

「それだよ」

 リズリアは嫌そうに顔をしかめ、ルカのほうに紙をほうる。

「本来、ジェムってのは、自然界の力が結晶になったもの。こんなふうに無理やり力を取り出して作り出すものじゃないのにね」

「だろ?イヤんなるよな、まったく」

 ルカはリズリアの向かいに腰掛ける。

「なあ、リズ。アタシはいまひとつジェムってのが、わかんないんだけど。ジェムって、そんなふうに作れるもんなのかい?」

「ルカはジェムマスターじゃないもんね」

 くすりと一つ笑って、リズリアはスプーンを皿に置いた。

「さっきも言ったように、ジェムってのはただの宝石じゃなくて、自然の力が結晶になったもの。ジェムからこの自然の力を引き出して使う人をジェムマスターって言うの」

「リズみたいな人のことだね」

「そゆこと。自然にできたものを天然宝石、人や動物、植物から無理やり力を取り出したものを人工宝石っていうの」

「ああ。天然もののほうが質も力もよくって、高く売れるのよね」

「そう。だから、遺跡や森、山なんかに眠っているジェムを狙って、売りさばく人たちをジェムハンターっていうのね」

「アタシたちのことだね」

 ルカがニヤリと笑う。

 リズリアの持つ、色とりどりのジェムを思い出したルカはふと気になって訊ねた。

「なあ、アタシじゃ使えないのかい?」

「え?なんで?」

「やっぱ使えると便利だろ?だれでも使えるもんじゃないのかい?」

「使えるかどうかはジェムとの相性だけよ。あとは、ジェムから力を引き出す精神力」

「ふうん。根性あるかどうかってことか」

「ちょっとちがうような気もするけど」

「似たようなもんだろ?じゃ、もしかしたらアタシにも使えるのがあるかもしれないんだ」

「そうね」

 リズリアが苦笑する。

 ルカは満足そうに目を細める。

 リズリアがほいっと投げた紙に目を落とす。

 ルカはリズリアが投げた紙をつまんで持ち上げた。

「しっかし、ロワード事件も長いね。最初に起きたロワード村の人たちは、もう……」

「まだだいじょうぶよ。半年前のことだもの。医者は一年が限界だって言ってた」

 それはジェムの力を使われない状態にある場合の話だ。

 しかしジェムにされている以上、そのジェムを使われれば使われるほど力を奪われていくのだ。

 長くはもたないだろう。

 リズリアはスプーンをくわえたまま、黙り込む。

 ルカがはっと口を押さえた。

「ごめん……アンタの両親、ロワード村に住んでたんだったね」

「いいわ。だれにも、どうしようもなかったことだもの」

 リズリアは口からスプーンを離す。

 できるものなら、どうにかしたかったけれど、なにも見つからなかったから。

 話をそらすようにルカはリズリアに話をふる。

「でも待てよ?そういや、無理やり力を取ってジェムを作られちまうと、なんで人々は寝込んじまうんだ?」

「人工的に作るものは、生命エネルギーを糧にして作られるの。生きていくための力を奪われたから、仮死状態になってるのよ」

「だから眠り続けるのか」

 ルカが神経質そうに爪をかんだ。

 リズリアはその手をくいっと引いてやめさせる。

「やめなさいよ。そのクセ、よくないわ」

 わずかに眉をひそめて、ルカはこぶしをにぎりしめる。

「ロワード事件、起こしたのはウィザードなんだろ?」

「そうとは限らないわ」

 気を使うようなルカの言葉に、自分でも驚くほど冷たい声が出た。

「そうに決まってる!」

 だんっとルカは机を叩いた。

「ジェムの力を必要とせず、自然の大いなる力を使うウィザード!人間の命なんざやつらの爪の先ほどにも思っちゃいないのさ」

「ルカ……」

 リズリアは眉を下げる。

(ルカのお姉さん、ウィザードの力の暴走で亡くしてしまったのだったっけ)

 リズリアはスプーンを置いて、まつげを伏せた。

 ぎりぎりと奥歯を鳴らして、ルカは唇をかみしめる。

「リコルルの抱えるウィザードたちがやってるって、もっぱらのうわさだろ?やつらがいちばん自然の恩恵を受けてるはずなのに、世界に対して恩を仇で返しやがって」

「うわさはあくまでもうわさよ。立証できないかぎりね」

 そして立証できないから、いつまでも野放しにされている。

 悪循環だ。

 ルカはウェイトレスの運んできた水を一気に飲み干す。

「にしても、リコルルの王はホンット怖ろしいな」

「ちょ、ちょっと、大きい声でそんなこと言わないでよ!」

 リズリアは唇の前に人差し指を立てて、周りを見回す。

「リコルルの軍人に聞かれてみなさいよ?即死刑よ?」

「けど、リズはそうは思わないの?」

「ま、まあねぇ。思わないわけじゃないけど」

「この分じゃ、狂乱したことを理由に兄貴を幽閉して、行幸中に姉貴を襲撃して行方不明にさせて、病気療養の名目で弟を辺境に追放したってのも、うそじゃなさそうだね。ま、理由のほうはさだかじゃないけど」

「あ、あくまでもうわさでしょ?」

「そうだよ。だからやっかいなんだ」

 ルカは右手をこぶしににぎりしめて、ずいっと前に突き出した。

「とにかく、いつか立証して、やつらの罪をあばいてやるさ」

「あらあら、興奮してるわね」

 リズリアとルカのテーブルに、愛らしい少女がやってくる。

 長い黒髪をヴェールでおおった少女は、小さく微笑んだ。ヴェールはきらきらとかがやく宝石で飾られていて、少女を神秘的な雰囲気で包んでいる。

「エリア、お仕事終わったの?」

 リズリアが訊ねると、エリアはこくりとうなずいた。

「ええ。小さな村だとバカにはできないわね。それなりに稼げたわ」

 小さな袋を二人の前に置く。

 袋にはずっしりと銀貨がつまっていた。

「占い師サマはけっこうもうかるんだな」

「当たるから」

 はっきりと言い切るのも、エリアの自信の表れだ。

 テーブルにのった食べかけのオムライスを見て、エリアはリズリアに困ったような顔を向ける。

「また食べていたの?」

「いいじゃない。放っておいて」

 リズリアは頬を赤らめて、くちびるをとがらせた。

「私は疲れるとおなかすくの」

「アンタなんだかんだ言って、なにかっちゃ食べてるじゃん」

 声を上げて笑い出すルカに、リズリアはさらに顔を赤くした。

「ジェムマスターってのは、ジェムの力を使うとおなかすくのよ」

「食べ過ぎると太るよ?」

「ほっといて!」

 エリアは濡れたような黒い瞳をついっと流し、二人に視線で訊ねる。

「それで、なんの話をしていたの?」

「おもしろくない話さ」

 ルカが片手を振って言うと、少女はくすりと笑った。

「じゃ、おもしろい話に変えましょう」

 エリアは空いている席に腰掛けて、テーブルの上で両手を組んだ。

「モルトーブから、王家の馬車が走ってきているそうよ」

「王家の馬車?」

 ルカがおうむ返しに聞き返すと、エリアがうなずいた。

「うわさによると、ウィザードを乗せているらしいわ」

「ウィザードだって?」

 ルカとリズリアの目がきつく細められる。

 リズリアは細い指をくちびるにあてる。

「モルトーブ……怪しいわね。ロワード事件がまた起こったばかりでしょう?」

「ええ。その通りよ。犯人かどうかは別としても、なにか関連があるとは思わない?」

 エリアが妖しく微笑む。

 もともと、占い師を専業していたエリアは、三人の中でもっとも若いが、いちばん色気がある。

 エリアは妖しい色気をまき散らしながら、胸元からカードを取り出すと、手際よくきり始める。

「全ての事象は、さまざまなものと関わりあっている。一見なんの関係もなさそうなことであってもね」

「今回の場合は、明らかになんらかの関係がありそうだしね」

 ロワード事件が起こったばかりのモルトーブからやってくるウィザード、なにか知っているかもしれない。

 ルカがその赤い髪と対照的な碧い瞳でリズリアとエリアを見回す。

「もちろん、行くよな?」

「当然!」

 リズリアは残っていたオムライスを一気にかきこんだ。

「じゃあ、ひとつこれがいい話となるように願かけをかねてやりましょう」

 エリアが言うと、ルカが口もとをほころばせる。

「占ってくれるって?」

「ええ。景気のいい話になるように占ってみましょう」

 しゃっしゃっと小気味いい音をたててカードをきると、エリアはそれを広げる。

 真剣な表情のエリアを、リズリアとルカはじっと見つめる。

 ぺらりぺらりと配置したカードを一枚ずつめくっていく。

「森の中、逃げる馬車、真相の鍵となる者」

「真相って、ロワード事件のか?」

 ルカが身を乗り出して聞くのを、リズリアは手で制した。

「待ってルカ、まだ続いているわ」

「あ、ああ」

 ルカはリズリアの真剣な声に、あらためて座りなおす。

「強い力、ウィザード、ドラゴンの瞳」

「ウィザード……」

「ドラゴンの瞳!」

 ルカとリズリアが声を上げる。

「ちょっと、二人とも声が大きいわ」

 エリアが周りを気にする。だが昼を少し過ぎた食堂は、昼食を終えた大勢の人が大声でしゃべりながら憩いのひと時を楽しんでいる。気づかれなかったようだ。

 ルカは突然目の色を変えたリズリアに訊いた。

「なんだい、ドラゴンの瞳って」

「知らないの、ルカ?超有名でしょ」

 ルカは首をかしげる。

「知らないよ」

「もう、知らないなんてジェムハンターじゃモグリよモグリ!ドラゴンの瞳っていえば、ジェムの中のジェム!すんごい力を秘めてるお宝中のお宝!レアものよレアもの!」

「そ、そうなの?」

 リズリアの勢いに気おされて、ルカは口を引きつらせた。

 エリアもあごに手をあてる。

「たしかに、リコルル王国の国宝に、ドラゴンの瞳なるものがあったわね」

「そうよ!黄金色にかがやく神秘の石、ドラゴンの瞳!あぁっ、私のコレクションに加えたい!」

「ああ、始まったよ、このジェムマニア。だいたい国宝を盗んだりなんかしたら、とんでもないことになるぞ」

「こうなったらだれにも止められないわ。その辺はリズの中では瑣末なことなのよ、きっと」

「病気よ病気」

「ああ、一度でいいから見てみたいわぁ〜」

 両手を組み合わせて祈るようなしぐさのリズリアに、顔を見合わせたルカとエリアは肩をすくめた。

 

                   

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