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ほとんど音のしない三つの影が廊下を風のように走っていく。
さきほどから向こうで銃撃音が聞こえてくる。
仲間が必死で人間と応戦しているのだ。
時間を稼いでくれている仲間たちの期待を裏切れない。
「早くなさいよ、見つかっちゃうでしょう?!」
「そ、そうはいってもティエラータ、人間の建物ってのは複雑でややこしいんだ」
長い黒髪をばさりと払って、ティエラータは小さな男の子に怒鳴る。
「ヴァイス、あんたわかってるの?あたしら三人に魔族の全ての未来がかかってるのよ?」
「そうだぞ、なんとかして例のもののところまで行かなくては」
青年もまたティエラータの言葉にうなずいた。
三人に共通しているのは、真っ赤な瞳であること―――つまり魔族であるということだ。
ティエラータは青年に顔を向ける。
「こっちであってるのでしょう、パニード」
「ああ。仲間たちの言っていた情報によると、このまま突き進めばあるはずだ」
「いたぞ!」
後ろではなく、横の道から銃を構えた人間たちが走り出てくる。
ちっとパニードが舌打ちした。
人間を見据えるヴァイスの瞳が赤く輝くと、あたりを甘い香りが包んでいく。
「悪いけど、相手をしてる時間はないんだよ」
人間たちがばたばたと次々に倒れていく。
人にない力―――魔術を扱える者、それが魔族だ。
ばたばたと倒れる人間を見下ろして、そのまま三人はその横を通り過ぎていく。
通路を突き進むと、広い部屋に出て三人の足がゆっくりと止まる。
巨大な機械に囲まれて、大きな物体が中央に安置されている。
感動に震えながら、ティエラータがつぶやいた。
「これが……時空転移装置」
大きな箱のような入れ物の中にも、複雑な機械が所狭しと並んでいる。
「ようやく俺の出番か」
いち早く我に返ったパニードが二人を押しのけて装置に入り込み、かたかたと操作し始める。
「ねえねえティエラータ、これで過去に行って魔王様をお救いすれば、今の生活から抜け出せるようになる?」
きらきらと輝く瞳で、ヴァイスがティエラータを見上げる。
「もうひもじい思いもしなくてよくて、人間のハンターに襲われて毎日仲間を送ることもしなくてよくなる?」
「ええ」
ティエラータは感慨深げにうなずいた。
これで、あの不毛の辺境の土地から抜け出せる。
「忌々しいあの勇者さえ現れなければ、あたしたちがこんなに追いやられた生活を送る必要もなかったはずだわ」
「銀の勇者、だね」
二人の瞳が剣呑に細められる。
「ティエラータ、ヴァイス、準備ができたぞ」
装置から顔を出して、パニードが二人を呼んだ。
ばたばたと走ってくる足音も聞こえてくる。
急がなくてはならない。
ティエラータとヴァイスも装置に乗り込んだ。
「行きましょう」
三人で顔を見合わせて、うなずきあう。
あの銀の勇者を倒し魔王を救えば、魔族の世界が戻ってくる。
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