エピローグ


 

 城を見上げて、リズリアはため息をついた。

 そんなリズリアをルカは顔をしかめて眺めていた。

「本当に、いいの?」

 エリアが心配そうに訊ねる。

 ルカとエリア、リズリアはだまって城を出てきたのだ。

 リズリアはふるふると小さく首を振った。

「いいの。だって、会ったらきっと、またいっしょにいたくなるから」

 だって相手は王子さまだから。

 昨日の晩餐会に出てきたチェルトは、どこからどう見ても王子さまだった。

 民族衣装から一転、正装でやってきたチェルトは、王族の威厳ある上品な態度で晩餐会に臨んだ。

 文句を並べようとしていた重臣たちも、これにはすっかり閉口してなにも言えなかった。

 聞いたところによると、チェルトは肖像画の建国者シャストにも、先王にもよく似ているらしい。くせものぞろいの家臣たちですら、開いた口がふさがらない状態だった。

 本来なら口を利くことすらできない、雲の上の人間だというのを、いやというほど肌で感じ取った。

 どう考えたって、つりあわない。それどころかいっしょにいられたのが奇跡のようなものだ。

 それが、やっとわかった。

「夢だったのよ、全部。父さんたちが眠り病にかかったのも、チェルトと出会ったのも」

「…………」

「…………」

 エリアとルカはだまって顔を見合わせる。

「いいなら、いいけどさ」

「いいの。ね、行こう?私たちはジェムハンターなわけだし。あ、その前に、私の村、ロワード村に寄ってもいい?父さんたちが心配だから」

 むりやり元気に見せかけた声で、けっして笑っていない顔でリズリアは明るく言った。

 むしろ痛々しい。

 エリアとルカは顔を見合わせ、だまってリズリアの言葉を聞いていた。

 城門までやってきて、リズリアは立ち止まる。

 すっかり旅支度を整えたチェルトとレオンが、城門に背をあずけながら立っていた。

「おせぇぞ、お前ら」

 レオンがニヤニヤと笑う。

 リズリアはレオンをびしりと指差した。

「なんで!」

「ん、お前らどうせ、ロワード村に行くんだろ?おれたちもそっち方面に行くからよ」

「だからなんで!」

 ぱくぱくと口を金魚のように開けたり閉じたりしているリズリアに、チェルトはニッコリ笑いかける。

「僕はアンジェラの代理で叔父上に手紙を届けに。ついでに僕の、エンフェスの民の村にも寄りたいから」

 七年前のことはもう過ぎ去ったことだ。

 いまさら何ができるわけでもないだろうが、せめて墓くらいはたててあげたい。

 自分のせいで大地に眠る者たちに、祈りくらい捧げたいのだ。

「で、おれは陛下に護衛を頼まれたんだよ。ま、どうせおれもガディアに帰んなきゃなんねぇからな」

「で、で、でも……」

 戸惑うリズリアの右肩にルカが肘を乗せる。

「奇遇だねぇ、アタシらもリズの村におじさんたちにあいさつに行こうとしてたのさ」

「そういえば、エンフェスの民の村って、ロワード村と近いんでしたわね。ガディアにも近いし、ホント、奇遇だわ」

 エリアもリズリアの左にそっと寄り添う。

 ルカがニヤリと笑った。

「ま、人数多いほうがなにかと便利だからな」

「旅は道づれ、ですものね」

「ちょちょちょっと、ルカ、エリア……」

「リズ、なにか文句あるの?」

 二人ににんまりと、満面の笑みで訊ねられると、なにも言えなくなる。

 リズリアはぶんぶんと首を振った。

「じゃ、いいだろ」

「ええ。かまいませんわね」

「というわけで、いっしょに行くよな?」

 にこにこと笑いながら、レオンのところにエリアがちょこちょこと歩いていく。

 ルカもその後を大またでついていく。

 まだ立ち尽くしていたリズリアに、チェルトが手を差し出した。

「行こう、リズ」

 じっとその手を見つめていたリズリアは、ほんのりと頬を染めてその上に手を乗せた。

 チェルトがつないだ手にきゅっと力を入れる。リズリアはチェルトに引かれて歩き出した。

 もう少しだけ、夢を見てもいいだろうか。

 ちょっとだけ期待してもいいだろうか。

 チェルトの顔は見えなかったが、振り返ったルカがニヤリと笑うのは見えた。

 もうしばらく、そのとなりを歩いていられそうだ。

 

     

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