鉄仮面と破壊魔の間柄


 

 

「最近、ティルとチビ殿下が仲いいな」

 思い出したようにつぶやいたライオットの声に、ジークはクレアから渡された術の本から顔を上げる。

「よかったじゃない」

「あーというか、あれはたぶん、ひまさえありゃチビ殿下が押しかけてるって言うべきか」

「セシルさまが?」

「ああ。ま、もともとわかりやすいやつだったからな、チビ殿下って。部屋にいなけりゃ妃殿下のところかマリアのところだったけど、それにティルが加わったってところか」

「そういえば、まえはあんまりティルトのところでは見かけなかったね」

「ティルが変な顔するからだよ」

「変な顔?」

 きょとんとして訊ねると、ライオットは腕組みしながらソファに背をあずけた。

「ティルさ、チビ殿下のこと苦手じゃん。まあ、チビ殿下もちょっと変わってるっていうのもあるんだけど」

「ああ……うん」

 なにせしごく単純な理由から女装している少年だ。

「ティルの部屋に行くと、ティルが妙な顔をする。チビ殿下もそれをなんとなく感じ取るんだろ」

「なるほど。顔に出にくいって言っても、セシルさまもティルトの弟なんだもんね」

「それに、そろそろやめさせるべきかって、ティルが言ってるし」

「ティルトが?」

「みんなチビ殿下のことをおもしろがってるけどさ。チビ殿下は真剣なだけだから」

 真剣にマリアが好きで、マリアが男のようになりたくて男のように剣をふるうのなら、自分が女のように家をきりもりすればいいと思っているだけの話だ。

「だれもやめさせようとしないし。ティルはティルなりにチビ殿下のことも考えてるんだ」

「ティルト、やさしいからね」

「ああ」

 苦手意識がなくなって、もっと仲良くなれればいいと思う。

 ジークは思わず笑みをこぼした。

 ライオットはぼんやりと天井を見上げていたが、ふときれいな弧を描いた柳眉をひそめた。

「なんか、うるさいな」

「え?」

 ジークは目を丸くして聞き返し、耳をすませる。

 そういえば、さっきからなんだか話し声が聞こえてくる。

「どこから……」

「こりゃあぜったいアイツだな」

 ライオットはぼそりとつぶやいて、そっとソファから立ち上がる。

「アイツ?」

「ああ」

 第二小憩室のドアに歩み寄って床にひざをつくと、ゆっくりノブを回す。ほんの数センチだけドアを引いた。

 聞こえてくる声が少し大きくなった気がする。

「ライ?」

「しっ」

 人差し指をくちびるの前に立てて、ひょいひょいと手招いた。

「ちょっと来い」

 ジークはほとんどながめているだけだった本にしおりをはさんでテーブルに置いた。

 ジークはライオットに近寄って、ジークもライオットの近くにひざをつく。

 無言で外を指差したライオットにつられて、ジークはドアのすきまからそっと廊下をのぞく。

 のぞいたすきまの向こうには、侍女すがたの女性とクロスが立っていた。

 女性といっしょにいるにもかかわらず、いつもと変わらない無表情だ。鉄仮面というあだ名はあながちまちがっていないと、ジークも内心思う。

 意外な組み合わせに悪いとは思いつつも、ジークは聞き耳を立てる。

「おっかしいでしょ?昨日はみんなで大爆笑!もう、笑えて笑えてしかたなくってね。これはぜったいクロスにも言わなくっちゃって思ったの。でも、こんなことで呼び出すのもなんだから、なんとか会えないかなって、このあたりに用事ばっかり作ってうろうろしてたのに、クロスってばぜんぜん見つかんないんだもの。見つけるの、すっごく大変だったのよ?それでね―――」

 少女の話は止まらない。

 一つに束ねられた薄茶の髪はさらさらと背中で揺れている。

 愛らしい、いかにもクロスの好きそうな小柄な少女だ。

 だが、だからといってあまりひととのコミュニケーションをとらないクロスが寄っていくようにも見えない。

「だれ?」

「クロスの彼女」

 目を見開いてジークは思わず聞き返す。

「付き合ってたの?」

「婚約者」

「へー」

 なんだか意外だ。

 少女の口は止まらなくて、あれからもずっと動き続けている。

「ま、あいつみたいなやつ、婚約でもしてなけりゃ結婚なんてぜったいムリだよな。貴族の生まれでよかったよなぁ」

「ライ、失礼だよ」

「や、実際のところ、ほんとだと思うんだ」

「ライ……」

「愛想悪いし、しゃべんねぇし、とつぜんがしがし頭なでるだろ?変なやつだもんな」

「やー……」

 ジークはなんとか否定しようと思ったが、否定できなかった。

 ほぼ、そんな感じがジークの持つクロスのイメージだ。

「そう思えば、あの婚約者はぴったりだな。城でも有名なおしゃべりだから」

「まあ、ずっと止まんないもんね」

 さっきからしゃべり続けているのは少女のほうだ。クロスはそれに無表情でこくこくとうなずきながら相づちを打っている。

「ネリー・パルメ。パルメ子爵の娘だ」

「ライも知り合いなの?」

「ああ。でもオレはあいつ、苦手なんだ。うるさいから」

「ライはそれっぽいね」

「だろ?」

「でも、楽しそうなひとだと思うけどな」

 あんまりしゃべらないタイプのクロスだからこそ、本当にぴったりだろう。

 クロスとネリーを見ながら、ふとジークはライオットを見やる。

「そういえば、ライってクロスと仲いいよね」

「は?」

「なんかさ、クロスにいわれるとおとなしく聞くっていうか。団長や副長、ある意味ティルトの言うことでも聞かないときがあるのに」

「そりゃあさー、おまえが来る前って、団長副長、双子、うっとおしい熱血漢と鉄仮面しかいなかったからな」

 指折り数えて、ライオットはなんでもないように言う。

「双子と熱血漢の三人はさ、同期だからずっとくっついてるし、団長と副長はちょっとちがうんじゃん。すると、オレとあいつがあまるわけよ。自然とくっつくってわけ」

「はあ、なるほど」

 言われてみれば、双子のアシュフォード兄弟は切っても切れない仲だし、サーフィスはソールというよりもパトリックと仲がいい。

 あの三人が仲良くくっついていると、たしかにクロスがひとりでいることになるし、サーフィスと合わないライオットはクロスといることになるだろう。

「そういうわけで、学校を卒業して第二騎士団に来てから三年、アイツといっしょにいるからな。ふたりでいると、オレがどんなに押してもあいつが首を振ったらダメだろ?だからな、そのときのくせがつい出ちまうんだ」

 勝手気ままに見えるライでも、やはり協調性くらいは持っている。

「最近はおまえといるからさ。それに、あいつって気づくといないから」

「ああ、それはそうかも」

 クロスはさりげなく存在しては、さりげなくその場を後にする。

 マイペースらしく、あまりだれかとつねに行動しようという感じは受けない。

「探そうと思うと、けっこう骨なんだよ、あいつはさ。でも話すとちょっと変だけどしっかりしてるし、いいやつだよ」

「変かどうかは、僕はあまりわかんないけど、いいひとだよね」

 それでもやっぱり、必要以上は話す気のないクロスは聞き役なのだが。

 開きかけたドアが押されて、いつのまにか彼女との話を終えていたクロスが部屋に入ろうとする。

 ドアのそばでしゃがみこんでいたライオットとジークはいたずらが見つかった子どものようにばつの悪い顔をした。

「あ、クロス」

 しゃがみこんだままのふたりに気づいたクロスが細い青い目で見下ろす。

 無表情なその顔からではクロスが思っていることは読めない。

「えっと……」

「あのその、これは……」

 言葉に詰まったふたりはあれこれと言いかけるが、まともな言葉にならない。

 これは素直にあやまるべきだろうか。

 無言で長身がかがめられて、両手でライオットとジークの頭をなでた。

「おい、クロス」

「え、あの……」

 ひとしきりなでて満足したらしいクロスは立ち上がってソファに座った。

 ライオットとジークのことはまるで気にせず、ローテーブルの下から取り出した本を読み出す。

(なんていうんだろう……そう、犬か猫扱いみたいな)

 クロスがあの人の頭をやたらとなでるのをしないのは、団長と副長、それにさすがにティルティスくらいだろうか。

 恥ずかしがるパトリックやいくつだと思ってるんだと怒鳴るサーフィス、それにどことなく迷惑そうなソールにも気にせず同じことをやっている。ジークやライオットだけではないのだが、だれでもかれでもなでているのはどうかと思う。

(ちょうど、ノラ猫とかノラ犬あつかい?)

 寄ってくる猫や犬を放っておけず、ついなでるあの感じだろうか。

「子ども扱いはやめろって言ってるだろ」

 ライオットはソファに座ったクロスの背後にたってばしばしとチョップしている。クロスはそれを涼しい顔で受けている。

 もちろん本気ではないだろうが、無表情のクロスだからちょっとばかり不安だ。

 クロスはチラリと視線だけで振り返る。

「ライはまだ子どもだ」

「なに?」

「大人になると、もっと大きくなる」

「悪かったな、チビで!」

 ライオットががなってぐいぐいとはがいじめにする。

「なにをする」

「なにをじゃねえっ!むかしっから、おまえってやつはおまえってやつはおまえってやつはっ!」

 ジークからみれば、じゃれているようにしかみえない。

(仲いいなぁ)

 ふたりの仲の良さの理由はわかったが、ソールと並んでクロスはなぞの多いひとだと思う。

 ただ単に、よくわからないひとな気もする。

 じゃれあう―――ように見える―――ふたりをながめながら、ジークはひとりそう思っていた。

 

 

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