機械化が進み、
科学が進歩する中で。
呼吸をしない犬が生まれた。
そのまま科学は目まぐるしい発展を遂げて、人間さえも機械として生まれ変わる事が出来るようになった。
下手な整形なんかよりずっと、安全かつ簡単にパーツ交換が出来る事で、それは人々に一気に広まった。
そして、コンプレックスなどがなくなった反面、
人間らしさ・個性というものは失われた。
悩んだら悩んでいた事を忘れ。
憂いを忘れ。
傷ついたら取り替えよう、を文句として感情すらも取り替えて。
誰が誰だか、自分が誰だか分からなくなっていく世界で。
貴方は誰かを愛せますか?
【空想科学少年。】
君はそう、きっと何処かで見た顔で。
きっと何処かで見た無垢な笑みを向け、僕に囁く。
「今日は楽しかったね。来週は何処に行こうか?」
もう来週のこと?
君は先ばかり見ているね。
「うん、そうだね……何処に行こうか…?」
僕はグラスを回しながら、カラカラと乾いた音をたてる氷を見つめて言った。
『心、此処に在らず。』そんな言葉が今の俺には相応しいなと不意に思って、小さく自分を嘲った。
「…どうかしたの?」
心配そうに覗き込んで来る君の瞳は、もう僕の目には映らないんだ。
本当の君は、もう此処には居ないから。
−−−あの日、僕はいつもの待ち合わせ場所で君を待っていた。
「ゴメン、待った?」
愛しい君の声に、僕は微笑んで顔を上げた。だけど、
「……?」
知らない人が、俺の前に居た。
君の声を持つ、君じゃないヒトが。
驚いた顔を向けた俺に、君じゃないヒトは安心させるように微笑んだ。
「あ、この顔…どう?新しくしてみたの」
そして、くるくると楽しげに回ってみせたけれど。
キミハダレ?
君はもう僕の知らないヒト−−−
まだ何処かで君を信じて、今日までやってきた。
でも、もう分からない…
君の顔を忘れてしまった。
肌色の卵型の表面には何もない。
ただ其処の上に、黒く長い髪だけが不気味に風に揺れていた。
「……もう、無理みたいなんだ…」
顔を覆って呟くように言った言葉に、
「…え?」
彼女は聞き返すように声をあげた。
「ごめん…」
しかし、謝罪の言葉を告げた俺を見て、それ以上は何も聞いてこなかった。君は考えるように暫く黙った後に、
「…そんな気がしてた」
悲しそうにそう告げると席を立った。
「ごめん……」
誰もいなくなった向かいの席に向かって、俺は呪文のように何度も呟いていた。
「ごめん……」
誰が悪いかなんて分からない。
誰が良いかなんてもっと分からない。
涙が溢れてきて、静かに太腿を濡らしていった。
君は、君のままでいて欲しかった。
そのままで十分綺麗だったのに。
偽りのモノじゃ、僕の心は空っぽで空しくなるばかりだった。
進んだ世の中が悪いのか、
自分に満足出来なかった君が悪いのか、
世の中に順応出来なかった僕が悪いのか…
答えは未だに見つからない。
(終)